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建築デザイナー必見!ビル風コラム 第14回:「ビル風9」:もう一つの風害

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建築デザイナー必見!ビル風コラム

14.1 弱風による影響

 ビル風というと「強風による風害」、より広義に風環境という場合にも「強風による風害」というように、風による影響については強風によることばかりが問題視される場合が多いようです。しかし、実際には弱風による影響、すなわち「弱風による風害」も大きな問題となることがあります。

 第6~7回のコラムでも書きましたが、建物が出来るとその周辺にビル風が発生し、ビル風は強風領域だけではなく弱風領域(図1)も生じさせます。暑い季節、風が弱すぎる領域では不快度が増し、有害物質も停滞しやすくなります。


弱風領域のイメージ
図1 弱風領域のイメージ


14.2 弱風による影響を考慮した評価方法

 第9回のコラムで説明したビル風の評価方法はいずれも強風による影響について評価するものでした。その中でも突風(日最大瞬間風速)の大きさとその発生頻度で評価する「村上の方法」については第10回のコラムでも詳しく解説しましたが、その提案者である村上元教授は弱風についての評価方法も提案していました。

 ここでは一般的に風環境評価で用いられていて、強風による影響を評価する「村上の方法」を「村上の方法(強風)」、弱風による影響を評価する方法として提案されているものを「村上の方法(弱風)」と称します。

 「村上の方法(弱風)」は「村上の方法(強風)」と同様に、風の観測結果と都内住民(東京都中央区月島等)のアンケート調査結果に基づいています。
 弱風の影響による評価は気温の影響も大きいため、気温も考慮する前提となっています。暑い季節は適度な強さの風を心地よく感じ、風が弱すぎる際には不快と感じます。弱風による影響は気温の高さに大きく依存することは、多くの人が共感できそうです。

 一方で提案者は強風の影響による評価についても気温の影響が無視できないため、気温を考慮した補正も提案しています。確かに同じ風速であっても寒い季節では暖かい季節より風を強く感じ、不快感が増すかもしれません。ただし、一般の人たちは風環境の良し悪しを単に不快かどうかの感覚的な影響よりも、歩行者の転倒や洗濯物の飛散、家屋の破損等といった物理的な影響に対して重きを置いていると思われるため、強風の影響による評価については気温を考慮して「しきい値」を変化させるべきではないと個人的には考えています。

 図2は「村上の方法(弱風)」で設定されている気温と風速の大きさに基づく適風域と非適風域を示しています。(※参考文献:村上、森川著 気温の影響を考慮した風環境評価尺度に関する研究-日平均風速と日平均気温に基づく適風,非適風環境の設定-)


「適風域」と「非適風域」の設定(気温考慮)
図2 「適風域」と「非適風域」の設定(気温考慮)


 「適風」とは住民が不満を訴えることの少ない風速範囲のことです。一方で強すぎて不満を抱く風速範囲を「強風による非適風域」、弱すぎて不満を抱く風速範囲を「弱風による非適風域」としています。

 同じ風速であっても、強風による影響は気温が低いほど不快と感じ、気温が高いほどその傾向は緩和されます。一方で、弱風による影響は気温が高いほど不快と感じ、気温が低いほどその傾向は緩和されます。

 ここでは弱風による非適風域を

  • 日平均気温20℃~25℃:日平均風速0.45m/s未満
  • 日平均気温25℃~30℃:日平均風速0.95m/s未満
  • 日平均気温30℃~35℃:日平均風速1.35m/s未満

と読み取り、以下に解析例を紹介します。図3はこれまでのコラムでも何度か紹介した秋葉原駅周辺を再現した市街地モデルを使用した解析結果です。基準風と気温は東京管区気象台の風向風速計と温度計を用い、地表面粗度区分はⅣと仮定しています。


「弱風による非適風」の発生確率分布(地上1.5m高さ、等高線5%ピッチ)
図3 「弱風による非適風」の発生確率分布(地上1.5m高さ、等高線5%ピッチ)


 建物間の狭い隙間などで非適風の発生確率が高くなっていることが判ると思います。一方で大きめの道路や開けた空間では非適風の発生確率が低くなっていることが判ると思います。

 当然、非適風の発生確率が高くなるほど風環境としては悪いと言えますが、これは強風による影響を評価した結果と正反対の傾向(図4)となります。


「村上の方法(強風)」により評価した結果(地上1.5m高さ)
図4 「村上の方法(強風)」により評価した結果(地上1.5m高さ)


 「村上の方法(強風)」では風環境として最も良いとしているランク1のエリアに「弱風による非適風」の発生確率が高いエリアは集中しています。弱風による影響も考慮した場合、「村上の方法(強風)」のランク1のエリアは風環境として無条件で「良」とするのは、どうも問題がありそうです。

 風は強すぎるのはもちろんダメですが、弱すぎるのもダメなのです。強すぎず、弱すぎず、ほどよい風というのが風環境としては最も「良」となるようです。

14.3 強風の影響に加えて弱風による影響を考慮した評価方法

 そこで「村上の方法(強風)」による風環境評価に「村上の方法(弱風)」による風環境評価を加えてみましょう。

 ここでは弱風による非適風の発生確率が20%以上となるエリアをランク0と仮定します。通常、ランク1~4で表現する風環境評価ランク図にランク0を加えて表現すると、以下のようになります(図5)。


強風の影響に加えて弱風の影響も考慮した風環境ランク分布(地上1.5m高さ)
図5 強風の影響に加えて弱風の影響も考慮した風環境ランク分布(地上1.5m高さ)


 住環境として、ランク1~2は風環境として許容できる。ランク3はあまり好ましくない。ランク4は明確に好ましくなく許容できない。といった従来の風環境評価に加えて、ランク0は風が弱すぎて暑い季節の不快度が高く、あまり好ましくない。といったように、より現実に即した有効な評価が出来そうです。

 ただし、ランク0を正確に予測するためには建物間の隙間を正確にモデル化することが重要となります。すなわち、強風の影響だけを考慮していればよかった場合以上に建物や植栽等のモデル化は詳細度が要求され、解析負荷も大きくなります。

14.4 まとめ

 今回はもう一つの風害として弱風による影響を取り上げ、評価方法について説明しました。弱風による風環境の影響評価は一般的にはほとんど行われていません。これまでは問題意識が低く、方法論についても風速以外に気温が絡んできたりして、妥当性についてコンセンサスが得られていないことが要因と思われます。

 また、実際に弱風を考慮した風環境評価を実施しようとすると解析のハードルはこれまでより数段階上がりそうですが、得られる情報は人々の生活環境により密接度の高いものとなり、建築物の設計に大きな付加価値を与える可能性が高いのではないでしょうか。

 特に都心部では強風により影響を受けている人よりも、弱風により影響を受けている人のほうが多いと思います。これまで弱風による影響は軽んじられてきましたが、ヒートアイランド現象、夏季の電力問題等も絡んでおり、強風による影響と同等か、それ以上に重要であることは明白ですので、強すぎる風だけではなく弱すぎる風の対策は急務と考えます。





著者プロフィール
松山 哲雄 | 1973年1月 新潟県生まれ
⽇本⼤学⽣産⼯学部 建築⼯学科 耐⾵⼯学専攻

1998 年に熊⾕組⼊社。技術研究所にて、⾵⼯学の基礎研究に従事。超⾼層建物の空⼒振動シミュレーション技術の開発やCFD 解析による⾵環境評価技術の普及展開等を実施。2003 年に独⽴し、WindStyle を設⽴。CFD 解析や⾵洞実験および実測調査を通して、ビル⾵問題を中⼼に⾵⼯学に関わる様々な問題を解決するためのコンサルティングサービスを展開し、現在に⾄る。 

 

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