Cradle

 

投稿一覧

埼玉大学大学院 様

  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

血管や気管内の流れを予測し、 工学の視点から生物を読み解く

埼玉大学 大学院 理工学研究科のバイオメカニクス研究室では、SCRYU/Tetra®を駆使して医療や生物に関するテーマに取り組んでいる。医療分野に工学分野の視点を持ち込むことによって、従来は解けなかった医療分野の課題の解決を目指す。さらに生物の機能を取り込んだバイオミメティクスへの応用にも取り組んでいるという。



写真1 埼玉大学 大学院 理工学研究科 
機械科学系専攻 バイオメカニクス研究室 准教授 中村 匡徳 氏


 埼玉大学 大学院理工学研究科 機械科学系専攻 バイオメカニクス研究室は、機械工学をベースに生物に関わるさまざまな流れを研究するとともに、医療現場などへの応用展開にも取り組む、工学部としてはユニークな研究室だ。研究室ではSCRYU/Tetraを使って大きく3つのテーマに取り組んでいるという。一つは心臓弁の奇形に由来する病気の発症メカニズムの解明だ。二つめは、脳動脈瘤のバイパス手術の事前検討のための研究である。三つめは、バイオミメティクスや分類学への応用も視野に入れた、鳥類の呼吸器官の仕組みの解明だ。同研究室の中村匡徳准教授(写真1)に、その詳細について伺った。

心臓弁奇形に由来する血管病の発症機序をさぐる

 心臓から大動脈へと血流が送り出される出口には、血液が逆流しないように弁がある。この弁は通常3枚からなるが、大動脈弁二尖弁症という病気では弁が2枚しかない。これは先天的奇形の一種で1000人に1人の割合で発症するが、通常は問題なく生活できるため気付かずに過ごすことがほとんどだ。だが30~50歳代頃になると、弁を出た先の大動脈の一部が膨らみ大動脈瘤となる頻度が、通常の人に比べてはるかに多くなるという。中村准教授は、自治医科大学附属さいたま医療センターおよび自治医科大学 心臓血管外科部門と共同で、その原因を探っている。この場合、大動脈瘤の原因は2つ考えられる。一つは、もとから遺伝的に何らかの欠損があるため、血管に関しても遺伝的に何か問題があるのではないかという説だ。もう一つは、大動脈二尖弁症による流れのパターンの変化が大動脈瘤を引き起こしているという可能性だ。これらのいずれか、または両方が原因である可能性もある。

 中村氏らは、流れの変化が原因であるという考えに立って検証を進めている。実際の患者のCTやMRIなどの医療画像をベースにモデルを作成し、SCRYU/Tetraによる解析を行ったのが図1だ。MRIには血流の速度分布を取得できるものがあるため、個人の血液の状態と組み合わせたモデルを作ることができるという。

 図1を見ると、正常な場合は流線が血管に沿って滑らかに流れており、壁面せん断応力も高くない。一方、2枚の弁の場合、理由は不明だが必ず弁が石灰化することが知られている。そのため弁が開きにくく、血流がジェットになって血管の壁面に衝突する。衝突箇所の隣では、強い血流によって壁面せん断応力が大きくなっていることがわかる。細胞は、こする力に反応して機能を失ったりすることが知られているため、壁面せん断応力の大きな場所に異常が発生する可能性がある。



図1 SCRYU/Tetraによる弁から出た血管での血流をシミュレーション
カラーコンター(赤:大、青:小)は壁面せん断応力。入り口を1つ、出口を4つとして、上部の細い血管には圧力条件を与え、脈拍のある非定常解析


 さらに原因を特定するために、ブタを使った実験も行っている。3枚の弁のうち2枚をつなぎ合わせて、日を置いて取り出すと、たった2、3日後でも血管の細胞に変化が起きていることが確認できたという。「病気が発生するのは、すぐではなく数十年先だと考えられますが、血管の変化はすぐ起こることまでは分かっています」(中村氏)。今後も実験と解析を繰り返しながら、本格的に発病のメカニズムを探っていく予定だ。

血管の手術には流体解析が必要

 研究室では、バイパス手術によって脳血管内の血流がどう変化するか予測する研究も、国立循環器病研究センター、および早稲田大学TWInsと共同で行っている。脳血管において脳動脈瘤が発生することがあるが、この脳動脈瘤が膨らんで破裂すると、脳に致命的なダメージを与えてしまうため、破裂の前に手術が行われる場合がある。脳動脈瘤自体に対する手術は2通りある。一つはコイル塞栓術で、金属のワイヤーを脳動脈瘤の中に丸めて詰め、脳動脈瘤の中に血流が激しく流れ込むのを防ぐ。もう一つの方法は、脳動脈瘤の根元をクリップで止めてしまう方法だ。

 だが脳動脈瘤が非常に大きくなると、この2つの方法が使えなくなる。そこで採用されるのがバイパス手術だ。脳の血管は複雑に張り巡らされており、その一部を繋ぐことで血流の経路を変え、脳動脈瘤へ流れる血液の量をコントロールする。どこをつなげるかについては、従来は医師の経験と勘に頼っていた。この検討段階で、バイパス手術後の血液の流れを予測できれば、手術リスクを減らすことができるのではないかと中村氏らは考える。「例えば建築業では設計士による構造計算を含めた設計段階と、大工による施工に分かれます。ですが医療においては、手術をする際に医師が計画から執刀までの全てを担っています。血流は力学的な現象ですので、血管手術においては、工学者もその設計の一翼を担うべきだと思います」(中村氏)。



図2 術前・術後3カ月 こぶ(脳動脈瘤)がなくなっている


図3 術前、手術後1カ月、3カ月における末梢血管の抵抗値=(各血管の出口圧力 - 右心房(静脈)の圧力)/流量


手術後の血液の流れを予測する

 ただしシミュレーションによって手術後の流れを予測するには課題もある。従来は、末梢血管の抵抗値は術前も術後も同じという前提で、術後の血流予測を行っていた。だが血管には自動調節機構もあり、術後には抵抗値が変化している可能性がある。そこで血液の流速が測定できるMRIを使い、患者の術前と術後における流速を比較した。そのグラフが図3だ。術前と手術後1ヵ月、3ヵ月で流速が変化していることがわかった。脳血管は非常に細い血管であることや、流速は多くの箇所で取れないなど難しい面もあるが、CFDと合わせながら今後も症例を増やし、事前予測を実現したいという。

鳥の呼吸器のしくみを調べる

 鳥類の“飛ぶ”という行動は非常に負荷がかかるため、酸素が大量に必要だ。そのため鳥類は人とは大きく違った構造の呼吸器官を持っている。人の呼吸器官は空気を気管支から肺に送り、再び体外に出すという往復型だ。だが鳥類の場合は、空気は肺の内部を一方向に進むため、継続してガス交換が出来るという(図4)。

 鳥類の体内における空気の流れはループになっているが、出入り口は一つだけだ。ループに入る時、空気は一方向にだけ進み、逆方向に流入することはない。この理由については、ループ手前の突起が何らかの役割を果たしていると考えられてきたが、検証した例はなかった。そこで中村氏らは、鳥の呼吸器全体のCTスキャンから解析モデルを作成し、空気の流れをシミュレーションした。その結果、実際に突起によって一方向の流れが形成されていることがわかった。突起によって流路の断面積が狭くなって速度が上がり、上部に流れずにまっすぐ進むことが確認できたという(図5)。実際にシミュレーションによって可視化し、メカニズムを確認した例は初めてだという。



(左)図4 鳥の呼吸器(肺のまわりに気嚢が付いた構造)
(右)図5 鳥類の気管の分岐点における 流れのシミュレーション。突起(上図の赤丸部分)の存在によって流れ方向がコントロールされている 


 この鳥の機能は、バイオミメティクスに応用できるだろうと中村氏は話す。通常、流体機械は流体を一方向に流すために弁を使う。先の事例の心臓でも同じだ。だが鳥類は弁をもたないにもかかわらず空気を一方向に送ることができる。弁があるということは複雑な機構となるため、弁への慢性的な負荷が原因で壊れることがある。鳥類の呼吸器に学ぶことで、例えば壊れにくいラジエータや透析器、また細かい構造を作るのが難しいMEMSなどにも応用できるのではないかという。

 またこの研究は生物学にも貢献するのではないかと中村氏はいう。生物学的分類への力学的視点の導入だ。さらに鳥類は爬虫類と類似点があるとともに、恐竜にも気嚢があることがわかっている。流体と形態の関係を考えることで、幅広い応用の可能性が考えられそうだということだ。



写真2 研究室の様子 中村先生と学生の皆さん


計算の安定性が高い

 研究室では、大学外と取り組んでいるものも含めていくつかのプロジェクトがあるため、複数のCFDソフトウェアを使っているそうだ。SCRYU/Tetraはその中でも計算の安定性が高いと感じるという。比較のために全く同じメッシュを使って計算した時も、SCRYU/Tetraでないものは発散したがSCRYU/Tetraでは問題なく計算できたそうだ。

 またSCRYU/Tetraにあるヘルプの使いやすさやサポートのスムーズさも、日々の解析作業においてプラスになっているようだ。「分からないことのほとんどは、ヘルプ検索で解決しています。日本語なのも使いやすいです」(学生の声)。「サポート面でも電話ですぐ聞くことができるため助かっています」(中村氏)。また他ツールと比較して、可視化の際のビジュアルがSCRYU/Tetraは優れている点が気に入っているという。画像を並べられるため異なる条件での比較がしやすく、視点が保存できるといった細かな面でも使いやすさを感じているという。

 SCRYU/Tetraの機能に関する要望としては、ある領域における粒子の平均年齢を知ることができればという。血液の流れは場所によってある程度留まることもあるため、それらを数値で確認できればということだ。また、旋回流や、流路断面において分布をもつ流速も簡単に入力できればより使いやすいだろうということだ。「我々にとっては専門分野なので、ユーザー関数を使った設定などを行うことができますが、医療系の人にとってはかなりハードルが高い可能性があります」と中村氏はいう。壁面せん断応力などのような医療分野で頻繁に使用するインデックスについてもボタン一つで見ることができれば、医療分野の人にとっては助かるだろうということだ。

生物ならではの難しさ

 生物を扱うにあたって大変なのがメッシュの作成だといい、毎回かなりの時間を費やすそうだ。工業製品と比べて、生物は曲線的で微妙な凹凸があったり、太い血管からいきなり細い血管へ分岐したりするなど複雑な形状をもつ。また元データになるCTデータにもノイズが多い。そのCTで撮影された医療画像用フォーマットのDICOMを画像可視化ソフトウェアに取り込み、STLファイルを作る。弁は別にCADでモデリングして、スカルプトソフトで形を調整するそうだ。これらの作業には1週間かかることもあるという。サンプルの形状は毎回異なるためその都度作業が必要で、さらに拍動すると時空間的な変化が加わる。もし手術支援に使うとすれば、これらの作業の簡略化も必要になってくるようだ。

 今回は生物分野ならではのSCRYU/Tetraの活用事例を聞かせていただいた。医療や生物の分野に流体工学を適用することで、着々と新たな知見がもたらされつつある。今後も同分野の発展を楽しみにしたい。



埼玉大学

 

※SCRYU/Tetraは、日本における株式会社ソフトウェアクレイドルの登録商標です。
※その他、本インタビュー記事に記載されている会社名、製品・サービス名は、各社の商標または登録商標です。
※本インタビュー記事の内容は2016年4月現在のもので、予告なしに変更する場合があります。また、誤植または図、写真の誤りについて弊社は一切の責任を負いません。

  

PDFダウンロード

 

  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ピックアップコンテンツ