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早稲田大学 田辺新一研究室 様

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早稲田大学 田辺新一研究室 様インタビュー

温熱の快適性をCFDで予測、人体への影響を迅速に評価


居住空間における空気の流れの解析はCFDの基本的な使い方だが、そこから一歩進み、人体熱モデルを使用して温熱快適性を調べるシミュレーションが近年盛り上がりを見せている。ソフトウェアクレイドルのSCRYU/Tetraには人体熱モデルが用意されており、オフィスや車室内環境、さらには空気感染など幅広く活用されている。このような研究に取り組んでいるのが早稲田大学創造理工学部建築学科教授の田辺新一氏だ。また同氏はこの人体熱モデルを考案した人物でもある。

早稲田大学 創造理工学部建築学科 教授 田辺 新一氏

 私立大学で最も長い歴史を持つ早稲田大学の建築学科は、大きく6つの分野、すなわち建築史、建築計画、都市計画、環境工学、建築生産、建築構造からなる。その中で田辺氏が取り組むのは環境工学だ。同氏の中心テーマは、居住空間における人間の快適性や健康性を評価することである。建築住宅や車室内、駅の構内といった空間における、人体の周りの熱や空気の流れを分析することにより、人間と地球に取って良い環境を提供することが目的だ。さらには快適・安全な環境をいかに省エネで実現するかも現在では必須の検討項目となっている。これらの研究に、同氏考案の人体熱モデル(JOS)が搭載されたSCRYU/Tetraを使っている。

 

空気感染や車室内の快適性など多彩

 SCRYU/Tetraを使った最新の研究のひとつが、咳の飛散のシミュレーションだ。こういった研究はインフルエンザなどのウィルス感染への対応が必要な施設では非常に重要になる。咳によって飛沫が飛んでも、水分はすぐ蒸発する。飛沫は蒸発すると飛沫核となり、空気中に漂う。飛沫の到達距離はだいたい2m以内であるが、室内環境条件によって変わる。一方、結核などは水分が蒸発しても空気中を漂うことによって、空気感染を起こす。そのため菌を含んだ空気の対策も必要だ。これらの飛沫核のふるまいや除去方法を、SCRYU/Tetraでシミュレーションするとともに、制作した「咳を出す」マネキンの実験によって明らかにした。


図1 口腔形状を考慮した咳気流のモデル開発

 

空気感染や車室内の快適性など多彩

 SCRYU/Tetraを使った最新の研究のひとつが、咳の飛散のシミュレーションだ。こういった研究はインフルエンザなどのウィルス感染への対応が必要な施設では非常に重要になる。咳によって飛沫が飛んでも、水分はすぐ蒸発する。飛沫は蒸発すると飛沫核となり、空気中に漂う。飛沫の到達距離はだいたい2m以内であるが、室内環境条件によって変わる。一方、結核などは水分が蒸発しても空気中を漂うことによって、空気感染を起こす。そのため菌を含んだ空気の対策も必要だ。これらの飛沫核のふるまいや除去方法を、SCRYU/Tetraでシミュレーションするとともに、制作した「咳を出す」マネキンの実験によって明らかにした。 

 さらに、感染対策に使われる二酸化塩素ガスを有効成分とする除菌材料について、適切に環境内に拡散させる研究もメーカーと協力して行っている。二酸化塩素はインフルエンザウィルスにとどまらず、炭疽菌(たんそきん)やアルコールが効かないノロウィルス、カビなどにも有効である。空間に拡散することによって空気を除菌できるが、分解するために適切な濃度を維持しながら発生させ続ける必要がある。そこで田辺氏らは、SCRYU/Tetraを使って二酸化炭素の反応係数をふまえ、どの程度の量をどのように供給すれば一定濃度になるかといったことを解明した。

 車室内環境も人の快適性が重要視される分野だ。田辺氏は自動車メーカーと協力して、バスやトラック、普通乗用車などなどさまざまな自動車の快適性をシミュレーションしている。中でも今注目されているのが、電気自動車の解析だという。電気自動車はエンジンがないため、ガソリン自動車のようにエンジンの余熱で室内を暖めることができない。そのため走行の動力源である電池のエネルギーを暖房に回さなくてはならないので、より効率のよい暖・冷房が要求される。そこで吹き出し口からだけでなくシートからの暖房などさまざまな実験を行っている。そのほか、トラックであれば長距離運転ならではの快適性の追求といったシミュレーションも行っているという。

人体熱モデルとCFDを統合して解析したい

 以前から人体の快適環境について研究していた田辺氏は、実際の被験者を使った実験のほかに、パソコン上でシミュレーションするための人体熱モデルを作成したり、サーマルマネキンという人体の皮膚温を模擬した装置を使った研究を行ったりしていた。その中で、人体熱モデルを仮想の実験空間に入れて実験すること、すなわちCFDと人体熱モデルの連携の必要性を日増しに感じるようになったという。そこで、人体熱モデルをCFD上で使えるようにすることを提案し、ソフトウェアクレイドルがそれに応じたことから現在の製品につながったということだ。「人体熱モデルのコードをSCRYU/Tetra上で使用可能にするとともに、皮膚での熱の受け渡しを計算結果として表示できるようSCRYU/Tetra側でカスタマイズしてもらいました」(田辺氏)。まさに自分の使いたいソフトウェアを作ってくれたと田辺氏はいう。「ソフトウェアクレイドルは日本の会社なので密にやり取りができました。また、コードに対してもとても真剣に取り組んでいただきました」(田辺氏)。人の形からしても直交より非直交メッシュとの相性がよいということで、非構造格子系のSCRYU/Tetraに2007年9月リリースのバージョン7から搭載された。

被験者実験は簡単ではない

 実測に対するCFDのメリットはとても大きいと田辺氏はいう。それというのも、被験者を雇う場合のコストや手続きの煩雑さに加えて、実際の人だと個人によってばらつきも出るため多くの人数を測定する必要が出てくる。また、開発中であれば機密に関わるために情報をあまり多くの人に見せられないなど、人ならではの問題もからんでくるからだ。また実験によっては倫理委員会を通さなければならず、最短でも2か月くらいかかってしまうという。


図2 車室内温熱環境評価
空調と日射の環境下での皮膚温度をSCRYU/Tetra®バージョン7で解析


 一方、CFDはパラ―メータを変えるだけでいくらでも試すことができるので、実験条件のどこをどのように変えたら効果があるのかといったあたりをつけられる。コストは被験者を募って実験を行うよりはるかに低い。また、同モデルは知識があれば物性値などを変更することで性別、年齢、体型などを考慮した様々な人体特性にも対応できるようになっている。たとえば、リスクが高いため実験ができない高齢者や、太った人と痩せた人などを想定した設定も自由にできる。

独自モデルを搭載

 人体熱モデルの構成は、17部位に分割されており、さらに深部と外側の2層に分かれている。昨年に発売された最新バージョンのモデルは頭部が4層となり、よりシミュレーションが実際と一致するようになった。それに心臓と動脈、および静脈の血液輸送が加わる。また、熱コンダクタンスや熱容量、基礎代謝量や基礎血流量なども設定されている。ほかにも設定温度より高くなると皮膚の血液量を増やして放熱量を増やす、それでも体温が下がらない時に結果として発汗する。環境と人体の特性から汗の出る量は決まり、その結果、発汗の分布が見える。田辺氏の考案した同モデルは、従来のものより部位を増やし、血液の流れによる体の温度変化をより現実に合わせたのがポイントだ。

 人体熱モデルは自分で導入しようとする場合、まずデータの用意から始めなければならない。さらにメッシュのどの部分が頭か、手か、腕かといった境界を設定するのが非常に大変な作業になる。一方、SCRYU/Tetraの人体熱モデルの中には3通りの姿勢の形状モデルがすでに用意されているので、簡単な操作ですぐに使えるようになっている。なお、SCRYU/Tetraでは成人男性以外の形状モデルを個人で用意して境界線を設定したりすることも可能だ。

長年の研究による成果を盛り込む

 人体熱モデルで一番難しいのは、正確な「物性値」がないところだが、SCRYU/Tetraの人体熱モデルには田辺氏の長年の研究に基づくノウハウが盛り込まれている。人体を構成する組織の物性値は建築材料などと違って生きているため、直接的に測定することはほぼ不可能だ。皮膚や脂肪の熱容量、熱伝導率、血液はどれだけの量が輸送されているのかなど、また神経の末端がどう存在してどう感じているかなども実はわかっていないという。過去の文献から関連するデータを断片的に調べていくといった方法しかない。こういった値が合わないと結果も合わないという。

図3 スポット空調

 体温の調整もこの人体熱モデルのノウハウだ。ある部位の温度が高くなると汗をかき出したり血液の流量が減ったりするなど人体ならではのルールがある。計算に使う物性値の決定も普通のモデルより難しい。実際の被験者で行った実験結果や予測値を合わせながら、一番現実と一致するようにしているということだ。

 一方、SCRYU/Tetraに人体熱モデルを搭載する際に意外と大変だったのがモデルの準備だったそうだ。人体のシミュレーションをするためにはCFDで使える人体のデータがなければならないが、当時そのモデルを用意することが思ったより難航したという。以前から共同研究などで使用していたものを見込んでいたが、著作権の関係で利用することができなかった。複雑な形状であるだけに一からモデリングすることはできない。そこで、3Dスキャンで計測してデータを書き出してくれるサービスを利用して、実際の人間が立った姿勢、座った姿勢、投げ足の姿勢3通りのスキャンを行い、これらをソフトウェアクレイドルにメッシュモデル化してもらった。気軽に使えるモデルも裏ではさまざまな苦労があったようだ。

新モデルで新たな使用方法にも対応

 SCRYU/Tetraの最新バージョンでは、バージョン7からの人体熱モデルに加えて、新バージョンの人体熱モデルを追加するとともに、要望の多かった事項について多くの改善を行っている。とくに大きな改善が、顔面の温度、そして暑い時の発汗の条件設定だ。顔の表面に冷房の風が当たっても実際の人間ほど冷えないという指摘がかねてからあった。その原因は頭が2層だと、どうしても深部温度に表面温度が近づいてしまうことにあった。そこで今回は頭部を4層にすることによって、実際の値により合うようにした。

 2つ目の暑い時の発汗の条件とは、水中などでの使用が増えてきたことにより変更したものだ。はじめは空気中での使用を想定していたが、サウナやシャワー、風呂といった当初予測していなかった環境での使用が増えてきたのだという。空気中であれば汗はいずれ蒸発するという設定で解析が可能だが、サウナなどの中だと汗の一部は蒸発せずに滴り落ちる。そこでその限界値を設定し、濡れる確率の高い環境でもシミュレーションをできるように対応した。

さらなる精度向上を目指す

 ソフトウェアクレイドルに対する期待としては、複数の物理現象の連成がよりスムーズにできれば、研究でより便利に使えるようになるだろうということだ。アメリカなどでは、Google SketchUpTMと連携した省エネソフトや光環境、構造などとの連成解析が行えるツールが発売され始めているという。「SCRYU/TetraやSTREAMの精度を保ちながら簡単に連成をし、検討を繰り返せるようになれば非常に有用でしょう」(田辺氏)。

 今後は新バージョンの人体熱モデルをより改良できればと田辺氏はいう。たとえば改良の余地があるものに被服がある。現在も服を考慮したシミュレーションにはなっているが、服の形状までは再現しておらず、ぴったり人体にくっついた設定になっている。服は一見サーフェスだが、空気の通過するポーラス形状となる。そのためCFD上に再現するのは大きなチャレンジになるだろうと田辺氏はいう。「また、新たな人体に関する実測値が加われば、常にモデルに反映していきます。精度向上に終わりはないですね」(田辺氏)。

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田辺 新一(Shin-ichi Tanabe)
早稲田大学 創造理工学部建築学科 教授・工学博士

  • 専門分野:建築環境学
  • 歴史:1999年 研究室の開設(お茶の水女子大学にて1989年から)

※SCRYU/Tetraは、日本における株式会社ソフトウェアクレイドルの登録商標です。
※その他、本インタビュー記事に記載されている会社名、製品・サービス名は、各社の商標または登録商標です。
※本インタビュー記事の内容は2013年2月現在のもので、予告なしに変更する場合があります。また、誤植または図、写真の誤りについて弊社は一切の責任を負いません。


 

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