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JOS(人体熱モデル)の開発背景

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JOS(人体熱モデル)の開発背景

株式会社ソフトフェアクレイドル 技術二課 博士(工学)伊丹 隆夫
JOS(人体熱モデル)の開発背景

熱流体解析ソフトウェアSCRYU/Tetra®に搭載しているJOS機能では、人体の表面温度や発汗量を解析することができます。人体を複数の部位に分割し、部位ごとの形態的・生理的な特性と体温調節機能を各部位の熱平衡式を解くことで再現します。「周辺環境に応じた人間の快適性を解析要素の中に取り入れることで、お客様のお役に立てないか」と考えたJOS開発者であるソフトウェアクレイドル 技術部 伊丹に開発背景について聞きました。



株式会社ソフトウェアクレイドル 技術部 技術二課 博士(工学)伊丹 隆夫


快適性のニーズの高まりに注視したわけ

 熱流体解析ソフトウェアSCRYU/Tetra®は自動車分野をはじめ、電子機器、機械など様々な分野のお客様にご活用いただいています。お客様の多くが常に抱えている問題として製品の省エネルギー化があり、昨今では、地球温暖化や原子力発電所を発端としたエネルギーの問題が叫ばれ、全ての製品に一層の省エネルギー化が求められています。

 たとえば電気自動車の例を挙げますと、従来のガソリンエンジンを用いた自動車と比べ、空調の設定による燃費への影響が大きいという検証結果も報告されています。つまり、自動車の燃費を左右する機能の一つに空調がどれだけ省エネルギーなものになっているかが挙げられるようになったということです。もちろん、その上での乗り心地や快適性などの車室内空間の質の向上も求められており、ただ、移動のための手段としての乗物というだけではなく、多くの付加価値を求められているという状況です。


図1 JOSと熱流体解析ソフトSCRYU/Tetra®の連成解析
(車室内における体温予測)


 そこで私たちは人間の快適性を解析要素の中に取り入れることで、お客様のお役に立てないかと考えました。つまり、熱流体解析で人の感覚を再現する解析を可能とする訳です。従来の熱流体解析でもPMVやSET*といった快適性指標が人の感覚を表現するものとして用いられてきました。しかし、それらの指標は人が均一な環境におかれていることが前提であること、全身での指標しか得ることができないなどの制約により、適用可能分野は建物の中の環境評価に限られ、自動車の車室内のように不均一な環境での評価には不向きという問題がありました。

 また、人体を発熱体として空間に配置する解析の方法もありますが、それでは人が快適かどうかを測ることはできません。一方、人の感覚を模擬する物理モデルとして「人体熱モデル」があります。人体熱モデルとは、環境の温度、湿度を境界条件として、人体内部の熱平衡式を解くことで各部位の温度を見積もることができる物理モデルです。これを熱流体解析と組み合わせることで、車室内のような複雑な環境下でも体温や発汗量を予測することができますので、様々な製品開発の現場で役に立つツールになると期待しました。また、熱や流れの解析以外の機能を付加することで、SCRYU/Tetra®の価値向上にもつながると考えたことも開発の背景にあります。人体熱モデルには複数種類がありますが、体内の詳細な血液循環系がモデル化され、年齢、性別、体躯による生理量の補正の仕組みがあるなど熱流体解析ソフトと連成させるのに適しているJOS(Joint System Thermoregulation-Model)を採用しました。JOSは早稲田大学の田辺新一教授によって開発された人体熱モデルです。SCRYU/Tetra® V10からは、頭部に筋肉層と脂肪層を追加した改良版JOS-2もご利用いただくことができます。

開発にあたり苦労や工夫したポイントがあればお聞かせください

 JOSの開発で最も苦労したのは、JOSと流体解析との情報交換についてです。JOSは「環境」との間の熱移動を用いるように作られているのですが、SCRYU/Tetra®と連成計算をする際に、「環境」をどのようにSCRYU/Tetra®の持つ情報から定義するかが未知数でした。



図2 人体熱モデルJOSの概要


 また、計算に必要な人体形状をどのようにお客様に提供できるかという点も難問でした。JOSを気軽に使っていただけるように、あらかじめサンプルを提供しようと考えたのですが、人体形状を作成する市販ソフトで作ったデータは当然、著作権の問題から私たちのソフトのサンプルデータとして提供するわけにはいきません。そこで田辺研究室の協力を得て、完全著作権フリーの人体形状データとして、学生さんの3次元測定データを取ることになりました。取ったデータは実測データですので、バリや凹凸など解析データとして使用するには修正の必要な個所がたくさんありました。しかし、そこはメッシャーが強いSCRYU/Tetra®の機能を活用して、無事に解析サンプル用の人体形状データにすることができました。タイミング良くSCRYU/Tetra®の「ラッピング」機能が使えたことも幸いしました。

 着衣条件の部分もお客様が使いやすくなるように工夫した点です。JOSでは着衣条件として、各部位のクロ値を入力しますが、17部位の値を調べて入力するのは難しいです。そこでスーツや作業着を着させて実測した全身17部位のクロ値をパラメータセットとして準備し、お客様はクロ値そのものではなく、「スーツ」、「作業着」という「衣服の種類」を選べば簡単に着衣条件が設定できるようにしました。


図3 体内の熱輸送(JOS)


ユーザーからのフィードバックなどで変わった点はありましたか?

 開発にあたって、JOSの開発者である田辺新一教授から色々とお話を伺いましたが、同時に先生の研究室はSCRYU/Tetra®のユーザーでもあります。JOSの条件入力の項目選定や、着衣条件の入力方法などに貴重なご意見を頂戴しながら開発を進めました。JOS機能の開発元であり、弊社のユーザーでもあるという田辺研究室は貴重な存在でした。他に開発中にフィードバックをいただいたところは、北九州市立大学の白石先生です。JOSは17部位で体温を計算するものですが、皮膚温度を部位の中で分割して計算する機能をリクエストいただきました。エアコンの風が顔に当たる場合などに必要な機能とのお話でしたので、部位の中のメッシュ1つ1つで皮膚温を計算するように機能を拡張しました。

GUIがこのような形になった経緯をお聞かせください

 JOSの条件入力としては、年齢、性別、体脂肪率、着衣条件といったパラメータと、解析モデルのどこが頭部になるのかといった形状的な情報があります。入力パラメータはダイアログ上に入力ボックスやボタンを配置すれば良いのですが、部位の条件を設定するところは悩みました。他の解析条件に良くあるように領域名の一覧から必要な領域をチェックボックスで選択して、部位の場所を設定することを初めには想定しましたが、プリの開発者から提案されたのが「プルダウン」による選択と設定を行うものでした。設定のしやすさで満点は与えられないにしろ、ダイアログのまとまりの良さに納得してしまい、採用となりました。

結果、どのようなものが出来上がりましたか?

 SCRYU/Tetra®のJOS機能は、サンプルとして4つ姿勢の人体形状を準備し、なにも人体形状データを準備しなくても、すぐに解析に使っていただける状態で提供しています。着衣条件も田辺教授にできる限りのデータ提供をお願いして、実測データから得られた4種の着衣条件を用意することができました。それらを活用することで、多くの方に気軽にJOS機能を使っていただく準備ができたと思っています。

GUIの構成や簡単な使い方を教えてください

 JOSで必要な設定項目は、年齢、性別、体脂肪率という生理的なパラメータ、着衣条件、体の大きさを示す体表面積、およびどこが頭、首になるかという部位情報です。このうち体表面積は形状データとして取り込んだ人体形状で決まりますので、設定のためのGUIは不要です。残りの生理的パラメータと着衣条件、部位情報を1つのダイアログにまとめました。

 JOSを使用するためには、まず人体形状を含む解析モデルを準備します。そして、条件設定ですが、流れと温度の解析に加えて、「湿度」を計算する必要があります。JOSの設定ダイアログで新規に人体条件を作成していただきますと、その人体の表面は自動で静止壁となりますので、壁条件の設定は不要です。輻射の考慮が必要な場合には、人体表面も含めて輻射率の設定を行ってください。

利用する上での注意点などがあれば教えてください

 JOSでは、発汗で発生した水蒸気が100%蒸発することを前提としています。そのため、サウナにいる状態など、汗がしたたるような条件での解析は難しいです。あまり高温多湿の環境にならないように注意してください。また、人体は自身の体温によって発生する上昇流による影響が大きいです。余程の強風の環境にいる状況でない限り、浮力の考慮を行って計算することをお勧めします。



図4 大型バス内の熱環境解析/皮膚温度コンター表示


最後に、ユーザー様にひとことお願いします

 JOSを用いた解析で、想定した環境に人がいるときの体温や発汗量などを予測することができます。サンプルの人体形状データを活用して、気軽に解析に取り組んでみていただきたいと思います。そこで思わぬ発見が得られるかもしれません。サーマルマネキンは1体千万円以上と高価ですので、多人数の実験は現実的ではないですが、JOS機能では数十人が乗車している大型バス内の解析ということも可能です。(図4)今後、JOS計算結果から快適性指標を算出する機能を追加するなど、機能充実を図っていく予定です。実際にご使用になってみて、ご意見やご要望をいただければ幸いです。


※SCRYU/Tetraは、日本における株式会社ソフトウェアクレイドルの登録商標です。
※その他、本インタビュー記事に記載されている会社名、製品・サービス名は、各社の商標または登録商標です。
※本インタビュー記事の内容は2013年5月現在のもので、予告なしに変更する場合があります。また、誤植または図、写真の誤りについて弊社は一切の責任を負いません。​

 


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