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船舶流体力学の世界に魅せられて 第10回:船の操縦性と流体力

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船舶流体力学の世界に魅せられて

10. 船の操縦性と流体力

 船は、船尾にある舵によって船首を回転させることで針路を変えます。舵を切ることで、流れに対して迎え角をもたせて進行方向に直角な横方向に揚力を発生させて、その結果として生まれる回転方向のモーメントで船体を回頭させます。
 舵はスクリュープロペラの直後に配置されている場合がほとんどですが、これは舵に働く揚力は流入する速度の2乗に比例して増加するので、プロペラの造る速い水流によって揚力を大きくできるためです。さらに船体がまだほとんど動いていない状況では、舵はほとんど効きませんが、プロペラを稼働させると舵に流れが当たって揚力が発生して、船尾に横向きの力が働き、船を回頭させることができます。



旋回する船には、船体に斜め方向から水が当たることで、船体自体に揚力が働き、
それが船の回頭を促進します。その時の船体周りの流れは、剥離渦を含んだ非常に複雑なものです。



2軸プロペラの背後に舵が配置されています。これは、船体周りで最も流速の速いところに
舵をおき、働く揚力を大きくするためです(写真:清水歩氏) 。


 舵は、船の大きさに比べると非常に小さく、このような舵で船を曲げることができるか不思議に思うかもしれません。実は、舵は最初に船を回頭させるためには大きな役割を果たしていますが、船が曲がり始めると船体自体にも斜めに水流が当たるようになり、船全体に働く揚力が船の回頭させる力を生み出しています。このことは、船の操縦性には舵だけでなく、水面下の船体形状自体が大きな影響を及ぼすことを示唆しています。しかも、船が斜めに、かつ回転もしながら旋回する時に船体周りの流れは、流れの剥離に伴う渦が複雑に絡み合う流れになっており、従来の完全流体の流体力学では扱うことが難しいものでした。
 さらに、舵とプロペラ、そして船体の流れが干渉し合うので、それを正確に求めることはたいへん難しい問題です。



7万総トンのクルーズ客船の舵の大きさは、船体に比べるととても小さいことがわかります。


 そこで、操縦時に船体に働く流体力を実験で求めることが広く行われています。模型船を進行方向に対して斜めに固定して曳航する斜航試験、模型船を左右に揺すりながら、さらに回転運動も加えて曳航するPMM試験などが行われますし、ラジオコントロールで舵を切って模型船を旋回させて、直接、その航跡を求める試験等もあります。
 こうした実験の結果を用いて船の操縦性能は、船ごとに推定されますが、水深の影響、岸の影響、隣を走る船の影響、風の影響、狭水道での潮流の影響など、さまざまな周りの環境が操縦性能に影響を与えます。これらを全て模型実験で把握することは、時間的にも費用的にもたいへんなので、造船技術者の長年の経験が非常に重要となっていました。

 最近になって、旋回時等の操縦時に船体に働く粘性に基づく渦を含む流れが、CFDによって理論的に計算ができるようになったことは、船の操縦性の把握にとってはまさに画期的なことと言えます。しかも、水深や岸の影響はCFDにおける境界条件を変えることで計算ができます。これまでは、水槽の底を上げたり、水槽の壁を狭めたりする特殊な実験が必要だったことを考えると雲泥の差と言えます。
 また、プロペラと舵との複雑な干渉効果や、模型と実船との間のレイノルズ数影響の把握にもCFDが威力を発揮しています。



プロペラと舵の干渉流れの様子
左上:舵角0deg. 右上:舵角25deg. 左下:舵角45deg. 右下:舵角70deg. 


 もうひとつCFDに大きな期待が集まっているのが、高揚力を出す特殊舵の性能を計算で把握できることでしょう。現在、日本でもシリングラダー等の高揚力の出せる特殊舵が広く使われるようになってきています。舵の後端が流線型とは違って広がった形状のフィッシュテールというような特殊断面舵は、なぜ、抵抗が大きくならないのか不思議でしたが、CFDで計算してみて、剥離を上手に利用して流線形に近い抵抗に抑えていることがわかりました。さらに、40°以上に大きく舵を切った時の、失速状態における流れや揚力の変化もCFDでは推定することが可能になります。



ウェッジ付高揚力舵の周りの速度分布のCFDによる計算値(迎角:0°)です。
後端のウェッジの前で剥離が起こり、その剥離渦がウェッジを覆うことで直進時の抵抗増加が押えられます。



ウェッジ有無の舵の周りのCp分布の比較(迎角:15°)
ウェッジありのCLは1.90、ウェッジなしのCLは1.36で、ウェッジありで揚力が大きくなっています。


 最後に、船にとって舵は曲がるためだけに必要なわけではないことを説明しておきましょう。船が真っ直ぐに走ることにも舵は重要な役割を演じているのです。それは風や波といった外乱を受けながら真っ直ぐに走るためには、舵で一定の針路を維持することが必要なためです。これを当て舵といいますが、この当て舵が大きくなると抵抗も増えるので、いかに船体と舵のバランスをとるかが、造船技師の腕の見せどころと言えます。





著者プロフィール
池田 良穂 | 1950年 北海道生まれ
1978年 大阪府立大学大学院博士後期課程単位修得退学
1979年 工学博士の学位取得

大阪府立大学工学部船舶工学科助手、講師、助教授を経て、1995年に同学大学院工学研究科海洋システム工学分野教授。リエゾンオフィス長、工学研究科長・工学部長などを歴任し、2015年定年退職。名誉教授の称号が授与されると共に、21世紀科学研究機構の特認教授として研究活動に従事。今治造船寄付講座、最先端船舶技術研究所、観光産業戦略研究所を担当。2018年に大阪府立大学を離れ、大阪経済法科大学で文系の学生向けに、海運、水産、クルーズ、エネルギーに関する授業を担当すると共に、日本クルーズ&フェリー学会の事務局長として活躍している。

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