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船舶流体力学の世界に魅せられて 第15回:CFDが切り開く未来の船舶流体の世界

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船舶流体力学の世界に魅せられて

15. CFDが切り開く未来の船舶流体の世界

 本コラムでは14回にわたって、著者がたどってきた船舶流体力学の分野での研究開発の世界をご紹介してきました。一部、専門からはすこし外れたテーマについても執筆したので、誤解を招く表現もあったかと思いますが、ご容赦ください。

 著者が45年前に大学院の学生だった頃に研究して開発した「船舶の横揺れ減衰力の実用的な推定法」が、最近になって、船の国際規則であるIMOのSOLAS条約の中の第2世代復原性規則の中で使われるようになったこともあり、2018年9月に神戸で開催された船舶復原性の国際会議STAB2018で、Lifetime Achievement Awardという賞をいただきました。その受賞スピーチで、筆者は「かつては渦の理論計算ができずに、実験で渦を可視化し、それによって生ずる圧力分布や力を計測して、それで得られた知見をベースにして推定法を構築せざるを得なかったが、そうして作られた古い推定法を乗り越えて、ぜひ新しい推定法を作ってほしい。かつてはなかなか見ることもままならなかった渦の世界が、理論的なアプローチできれいに見えるCFDの時代がやってきたのだから。」と述べました。

 10年余り前から、ベトナムから2人の留学生を迎えて、著者の研究室でもCFDを使う体制が整って、本当に充実した研究生活を送ることができました。とにかく、船体周りに形成される複雑な渦の様子がきれいに見えるのですから、まさに感動の連続でした。そして、もともとの専門であった船舶の横揺れの分野だけでなく、抵抗、波浪中抵抗増加、風圧力などさまざまな船舶分野の流体にCFDを応用して、短期的にかなりの成果を挙げることができました。その一部は、このコラムでも紹介させていただきました。

 これまで、船舶流体力学では、長い間、様々な近似的なアプローチがなされてきました。粘性を無視したポテンシャル理論、物体近傍の薄い粘性流を扱う境界層理論、渦をポテンシャル流の渦糸に置き換えた渦糸近似法などで、それぞれがそれなりの成果をあげてきました。船舶の造波抵抗が30%低減されたバルバスバウの開発にはポテンシャル理論がみごとに使われましたし、肥大船の船尾での流れの剥離を抑えるためには境界層理論が有用でした。しかし、剥離が生じて渦放出があるような問題では、いずれの近似法も無力でした。

 そのため剥離を伴う問題では、模型実験および実際の船の実績を集めて対応し、まさにその経験に基づいて船は設計され建造されてきました。

 しかし、CFD技術の急速な発展によって、こうした近似的な手法を使わなくても、実際の粘性流を数値的に解くことができるようになりました。まさに、流体力学を扱う研究者、技術者にとっては夢の世界の到来です。やがてはCFD計算を繰り返すことによって抵抗が最小となる最適船型が開発され、それに最適な推進システムがCFDによって決めることができるようになるに違いありません。

 でも、船舶流体力学を愛し、渦の世界に魅せられてきた著者にとっては、少し、寂しい気持ちが残ります。船舶の船型開発において、コンピュータをまわすだけで最終的な最適解が得られるようになるにせよ、なぜその最適解が導かれたのかという論理的な理由がわからないままに、次々と船ができあがっていくことになるのには漠然とした不安があります。

 最近、はやりのビックデータやAIの世界でも同様です。膨大なトライアルエラーをひたすら繰り返すことで最適解はでてくるのでしょうが、その過程の中には様々な因果関係が隠れており、人間は英知によってそれを見つけることで科学技術は長年進歩してきました。時代がかわっても、そうした本質を見極める論理的な思考が大事なのではないでしょうか。

 そして船舶流体力学の世界では、CFDが実験に代わって物理現象の本質を知るための強力なツールになることは間違いありません。







著者プロフィール
池田 良穂 | 1950年 北海道生まれ
1978年 大阪府立大学大学院博士後期課程単位修得退学
1979年 工学博士の学位取得

大阪府立大学工学部船舶工学科助手、講師、助教授を経て、1995年に同学大学院工学研究科海洋システム工学分野教授。リエゾンオフィス長、工学研究科長・工学部長などを歴任し、2015年定年退職。名誉教授の称号が授与されると共に、21世紀科学研究機構の特認教授として研究活動に従事。今治造船寄付講座、最先端船舶技術研究所、観光産業戦略研究所を担当。2018年に大阪府立大学を離れ、大阪経済法科大学で文系の学生向けに、海運、水産、クルーズ、エネルギーに関する授業を担当すると共に、日本クルーズ&フェリー学会の事務局長として活躍している。

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