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船舶流体力学の世界に魅せられて 第9回:プロペラ・キャビテーション

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船舶流体力学の世界に魅せられて

9. プロペラ・キャビテーション

 船のスクリュープロペラは、プロペラ翼に働く揚力を利用して非常に効率よく推進力を発生させますが、同時にキャビテーション現象に十分注意する必要があります。
 キャビテーション現象とは空洞現象とも呼ばれ、水の中に気体の泡が発生する現象です。水には蒸気圧という、液体から気体に変化する圧力があります。この蒸気圧は、物質によって決まっている物性値で、水の場合には100°Cでほぼ1気圧となり、温度が下がると小さくなる特性があります。地上で水が100°Cで沸騰するのは蒸気圧に達したからで、やかんや鍋で水を熱するとぼこぼこと蒸気が発生します。気圧が低い高山では100°Cより低い温度で沸騰がはじまります。

 これと物理的には同じ現象が、船のプロペラでも発生します。それは高速で回転するプロペラの翼の先端付近で流速が非常に速くなり、ベルヌーイの法則からも分かるように流速が速い分だけ圧力は低くなり、それが蒸気圧に達すると水中で気泡が発生します。これがプロペラ・キャビテーションであり、いわば速い水流の中での沸騰現象とも言えます。
 船の推進力には、このプロペラ面の背面にできる非常に低い圧力を利用していますので、圧力が低いほど大きな推力が得られますが、反面キャビテーションが起こりやすくなるというジレンマがあります。

 このキャビテーションがやっかいなのは、翼の背面にキャビテーションが広がると推力が減少したり、騒音・振動が発生したり、さらにキャビテーションで発生した気泡がプロペラ表面の近くで崩壊するとプロペラ表面を腐食したりすることです。
 プロペラ騒音の問題は、軍艦で特に重要となります。中でも水中を潜って移動する潜水艦は、水上からは目では見えませんし、レーダーでも捉えられません。そこで、水中のレーダーともいえる超音波を発信して、物体に反射されて戻ってくる超音波を分析して物体の位置を知るソナーを使った探索を行いますが、潜水艦のプロペラが発生する振動もその存在を知るための重要な情報となるのです。最近ではプロペラ振動の特性を解析することにより、潜水艦の種類までわかるといいます。したがって、潜水艦には騒音の少ないプロペラを設計、製造してとりつけることが必要となりますが、その時にキャビテーションをできるだけ発生させないことが重要となります。



潜水艦のスクリュープロペラは、キャビテーションによる騒音が
発生しないように設計がされています。


 アメリカ海軍はキャビテーションの少ないプロペラとして、プロペラ翼の先端が弓なりに曲がったスキューを付けた形状を開発し、それはハイスキュー・プロペラと呼ばれています。どの程度のスキューがよいかは、それぞれの船の船速、プロペラ回転数等によって変わりますので、船ごとにプロペラの形状を慎重に設計する必要があります。



ナカシマプロペラ株式会社様製のスクリュープロペラ。
翼の先端にスキューがついています。


 プロペラ・キャビテーションによる船体の振動もたいへん重要です。プロペラが発生する振動自体はそう大きくなくても、船体内のどこかの構造部材と共振して、局所的に振動が大きくなるという問題になることがあるからです。

 キャビ―テーションによって発生した気泡が、プロペラ表面近くで分裂した時に非常に速いジェット流を起こし、それがプロペラ表面を侵食する現象がプロペラ・エロージョンです。かつては、新造の大型タンカーが日本と中東との間の航海で、プロペラ・エロージョンを起こして、処女航海から日本に戻った時にはプロペラがぼろぼろになったという話もありました。

 このようにプロペラ・キャビテーションは、船の性能にとって非常に重要なので、船の設計時にはキャビテーションをできるだけ正確に予測する必要があります。そのための実験がキャビテーション試験で、キャビテーション・トンネルと呼ばれる特殊な回流水槽の水路の中で水を回して、その中で模型プロペラを稼働させて、発生するキャビテーションを計測します。実際の船では、プロペラの前方にある船体が作る伴流がキャビテーションにも影響を与えるので、伴流を模擬するようにプロペラに流入する水流を制御したり、中には船体模型を設置できる巨大な水槽で試験したりします。模型と実船でのキャビテーションを相似にするためには、水槽内部を減圧する必要があるため、特に模型船も設置する水槽は非常に大がかりな実験施設となります。



キャビテーション・トンネルでのプロペラ試験の写真です。
プロペラ翼の背部に白くキャビテーションの発生が見られ、
その気泡がらせん状に後方に流出しています。


 このようにプロペラ・キャビテーションを実験で計測することは、なかなか厄介な手間も時間もかかる作業となります。それぞれの船に最適なプロペラの形状を探し出すためには、たくさんの実験を実施する必要があるため、なおさらです。そこで、期待されているのがCFDの活用です。CFDの活用によって、発生するキャビテーションを把握することが可能になっています。


船後位置でのプロペラキャビテーションの様子。
異なる2種のプロペラ(ハイスキュータイプ[左]とコンベンショナルタイプ[右])。
ピンクの部分がキャビテーション発生部です。


キャビテーション発生に伴う船尾位置(点C)の
圧力変化の様子(コンベンショナルタイプのプロペラのケース)。
騒音・振動発生の源になります。





著者プロフィール
池田 良穂 | 1950年 北海道生まれ
1978年 大阪府立大学大学院博士後期課程単位修得退学
1979年 工学博士の学位取得

大阪府立大学工学部船舶工学科助手、講師、助教授を経て、1995年に同学大学院工学研究科海洋システム工学分野教授。リエゾンオフィス長、工学研究科長・工学部長などを歴任し、2015年定年退職。名誉教授の称号が授与されると共に、21世紀科学研究機構の特認教授として研究活動に従事。今治造船寄付講座、最先端船舶技術研究所、観光産業戦略研究所を担当。2018年に大阪府立大学を離れ、大阪経済法科大学で文系の学生向けに、海運、水産、クルーズ、エネルギーに関する授業を担当すると共に、日本クルーズ&フェリー学会の事務局長として活躍している。

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