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船舶流体力学の世界に魅せられて 第8回:推進性能と抵抗との複雑な関係

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船舶流体力学の世界に魅せられて

8. 推進性能と抵抗との複雑な関係

 飛行機のプロペラは機首の前にあるのに、船のプロペラは船尾にあるのを不思議に思ったことはありませんか。もっとも、船のプロペラは水面下に沈んでいて見えないので、船尾にあることを知らない人も多いと思いますが。

 これは、船尾にプロペラがあると、船体の周りでつくられた速度の遅い流れの層である境界層が、プロペラ面に流入して流れを遅くしているからなのです。この遅くなった流れを、船舶流体力学では「伴流」または「ウェーク」といいます。この遅い流れの中でプロペラを回転させると、各翼の迎え角が実質的に増加して、翼に働く揚力が増加するため、船に働く推進力が大きくなるのです。飛行機の場合には、プロペラに流入する伴流の幅が、プロペラの大きさに比べて小さくて、あまり推進効率の利得が得られないうえに、乱れのない前方でプロペラを作動させる方が、振動や騒音も少なくなるために機体の前にプロペラを設置しています。




飛行機のプロペラは前に、船のプロペラは後ろにあります。


 このようにプロペラの性能には、そこに流れ込む水の流れが大きな影響を及ぼします。船体周りを流れる流れは、船体表面に働く摩擦抵抗のため、粘性の影響でエネルギーを失って遅くなります。この遅い流れがプロペラに流入すると、翼の迎え角を増加させて推力が増加します。すなわち、船体に働く摩擦力で遅くなった流れを利用してプロペラ効率を上げていることになるので、いわば船体に働く摩擦抵抗で失ったエネルギーを、船体の後ろに取り付けたプロペラの効率を上げることで回収しているということもできます。このことは、良い船を設計するためには、抵抗だけを最小化してもだめで、推進効率も含めた、抵抗推進全体の性能の最適化が必要なことを意味しています。

 さらにプロペラに流入する伴流は、推進性能だけでなく振動も引き起こすやっかいものです。この振動には、プロペラ面内に流入する伴流が不均一なことが大きく影響をしています。

 このようなプロペラの前方にある船体が、プロペラの推進性能や振動に大きな影響を及ぼしますが、これを事前に模型実験等で正確に明らかにすることは未だに至難の業といわざるを得ません。それは、船の模型実験では、造る波を相似にするためにフルード数を実船と合わせて曳航しますが、この時にレイノルズ数は2ケタあまりも小さい値になってしまうからなのです。船の伴流は境界層によって形成されますので、レイノルズ数に依存をします。すなわち、模型船でプロペラに流入する伴流は、実船とは相似にならずに、相対的にははるかに厚いものとなっています。さらに船体表面の粗さの影響もあります。模型と実船の表面の粗さの違いが、境界層を変化させ、伴流も変えます。

 すなわち、模型船で得られる推進効率は、実船とは違うことになるのです。そこで、実際の船が完成して洋上で走らせて性能を調べる試運転時のデータをたくさん蓄積して、模型による自航試験との結果と比較をして、模型と実船の相関係数を得ています。ここにも、造船所のもつ長年の経験をベースにした経験工学が生きていることになります。

 しかし、最近になって、模型実験で得られる諸数値に、物理的考察に基づいてそれぞれ尺度影響を考慮した修正を行って、実船の推進性能を科学的に推定する方法も用いられるようになってきています。この時に物理的な知見を得るためには、粘性流を計算できるCFDが欠かせないツールとなっています。



プロペラ面における伴流の流速減少等高線
(池田良穂著: 新しい船の科学、講談社ブルーバックス)





著者プロフィール
池田 良穂 | 1950年 北海道生まれ
1978年 大阪府立大学大学院博士後期課程単位修得退学
1979年 工学博士の学位取得

大阪府立大学工学部船舶工学科助手、講師、助教授を経て、1995年に同学大学院工学研究科海洋システム工学分野教授。リエゾンオフィス長、工学研究科長・工学部長などを歴任し、2015年定年退職。名誉教授の称号が授与されると共に、21世紀科学研究機構の特認教授として研究活動に従事。今治造船寄付講座、最先端船舶技術研究所、観光産業戦略研究所を担当。2018年に大阪府立大学を離れ、大阪経済法科大学で文系の学生向けに、海運、水産、クルーズ、エネルギーに関する授業を担当すると共に、日本クルーズ&フェリー学会の事務局長として活躍している。

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