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船舶流体力学の世界に魅せられて 第7回:スクリュープロペラによる推進

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船舶流体力学の世界に魅せられて

7. スクリュープロペラによる推進

 かつて、人の力で大きな船を動かすには、舷側に奴隷を並べて、たくさんの櫂(かい)(オールまたはパドル)を漕がせたといいます。櫂とは、平らな板で、それを水中で板の面と直角方向に動かすと、水をかいてその反力が船を動かしました。流体力学的にいうと板に働く抗力(drag)を使った推進力と言えます。抗力とは、板の後ろに渦を発生させて圧力を減少させることで働く粘性圧力抵抗です。

 蒸気船が現われた時、その推進器は、この櫂の原理を活用した、船の両舷にとりつけた水車でした。水車には、板でできた櫂(かい)がたくさん付けられており、水車を回すとその櫂が順番に水中に入って水をかきます。陸上の水車では板に水が当たると抵抗が働いて水車を回しますが、船の場合には水車を回すことで水を後方に押し出すことによる反力で推進力を得ています。今でも、各地の観光船では外輪を使って進む船も少なくありません。



イギリスの外輪船「ウェーバリー」。各地でデイクルーズを実施しています。


 現在の一般的な船は、船尾の水面下にあるスクリュープロペラを回転させて、推力を得て走ります。スクリューとは英語でネジの意味であり、プロペラとは推進器という意味ですので、言い換えるとネジ式推進器ということになります。

 最初に考案されたスクリュープロペラは、まさにネジのような形をしていました。アルキメデスが考案したアルキメディアン・スクリューがその原点で、水を高所に挙げるためのポンプとして使われたといいます。

 そして実際にネジ式の推進器を船に取り付けて試験をしていた時に、ネジの一部が破壊されたとたんに船のスピードが上がり、現在のような翼を回転させる方が、効率がよくなることがわかったといいます。こうして、スクリュープロペラ船が、それまでの水車を船尾や船側で回転させて推進する外輪船に対抗することになりました。



紋別の流氷観光船として活躍した「ガリンコ号」のアルキメディアン・スクリューは、
氷の上だけでなく、水の中でも前進できます。


1836年にスミスとエリクセンが左のようなプロペラを取り付けて実験したところ、
途中でネジの部分が破損して、船が急に早く走り出し、最終的には右のようなプロペラが
開発されたといいます。(池田良穂著: 新しい船の科学、講談社ブルーバックス)


 流体力学的観点からすると、外輪は抗力を利用していますが、スクリュープロペラは揚力を利用しています。人力船の中でも揚力を利用して推進する船がありました。日本の河川の小舟や、ベニスの運河のゴンドラで使われていた艪です。櫂と同じく平らな板を水中で動かしますが、櫂では流れを剥離させて抗力を発生させ、艪は流れを剥離させないように巧みに動かして意図する方向に揚力を発生させます。



ベニスのゴンドラの艪は、揚力を使って船を自在に動かします。


 しかし、スクリュー船が現われた当時、どちらの推進器の方の性能がよいのか判断することが難しかったので、外輪船「ラトラー」とスクリュー船「アレクト」で綱引きをして、スクリュー船が勝ったので、それ以降スクリュー船がたくさん使われるようになったという逸話が残っています。1845年の4月のことでした。なんとも直接的な勝負ですが、スクリュープロペラは水面下にあるので、波による損傷が少なく、また軍艦の場合には砲撃で破壊される確率も少ないというメリットもあったといいます。

 スクリュープロペラは、エンジンで回転する軸のまわりに何枚かの翼がついており、その翼によって水を後方に流すことで推力(船を走らせる力)を得ています。いわば、扇風機が風を起こす原理と同じです。

 では、船を動かす推力はどのように働いているのか。これを知るためには、回転する翼に働く揚力を流体力学的に解析する必要があります。最初にプロペラの翼を2次元翼の集合体と考えて計算する翼素理論が用いられ、その流れの解析にはポテンシャル理論が使われました。揚力は、元来、渦を造ることによって働くので、渦のないことを前提としているポテンシャル理論が使えるのは矛盾のように思われますが、翼の後端に、実際の流れとポテンシャル理論による流れの大きな違いがあることに気付いたクッタという科学者が、ポテンシャル理論の中にこの違いを解消するための条件を付加したところ、ポテンシャル理論を使って揚力が計算できるようになりました。これをクッタの流出条件と呼びます。この流出条件にあうように翼の周りに循環(ポテンシャル理論の中で扱える回転流れ)を置くと、ポテンシャル理論でも揚力が計算できるようになったのです。

 最初は2次元翼の集合体として翼素理論で扱われていたプロペラは、その性能向上に伴って次第に3次元的な複雑な形状となり、そうした翼の揚力を扱うための渦理論が発展しました。こうして船のスクリュープロペラの理論的解析法が確立されましたが、最後に残った問題が尺度影響です。この尺度影響があることで、模型のプロペラでの試験の結果が、そのままでは実船のプロペラには適用できないことになります。原因は両者のレイノルズ数の違いから生じており、レイノルズが高くなると、揚力係数は増加し、抗力係数は減少します。これには流体の粘性がからんでおり、ポテンシャル理論による方法では全くのお手上げです。境界層理論に基づく修正法によって尺度影響を補正していますが、層流剥離が発生するとプロペラ特性が変化するため問題はさらに複雑になります。したがって、スクリュープロペラの今後の研究には、CFDが必要不可欠とされています。

 船のプロペラメーカーとして世界的に知られるナカシマプロペラでは、CFDを使って粘性影響を含めたプロペラまわりの離流れを理論計算して、プロペラ性能の向上につなげているといいます。



ナカシマプロペラで製造された船舶用大型プロペラ

プロペラの水槽試験の様子(ナカシマプロペラ)





著者プロフィール
池田 良穂 | 1950年 北海道生まれ
1978年 大阪府立大学大学院博士後期課程単位修得退学
1979年 工学博士の学位取得

大阪府立大学工学部船舶工学科助手、講師、助教授を経て、1995年に同学大学院工学研究科海洋システム工学分野教授。リエゾンオフィス長、工学研究科長・工学部長などを歴任し、2015年定年退職。名誉教授の称号が授与されると共に、21世紀科学研究機構の特認教授として研究活動に従事。今治造船寄付講座、最先端船舶技術研究所、観光産業戦略研究所を担当。2018年に大阪府立大学を離れ、大阪経済法科大学で文系の学生向けに、海運、水産、クルーズ、エネルギーに関する授業を担当すると共に、日本クルーズ&フェリー学会の事務局長として活躍している。

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