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船舶流体力学の世界に魅せられて 第6回:抵抗の最小化

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船舶流体力学の世界に魅せられて

6. 抵抗の最小化

 船体の抵抗が最小の形状を求めることは、造船技術者の永遠の課題です。それは船の場合は、量産する飛行機や車のようには、いくつかの形には決まらないからです。まず、大きさが、数10mから400mまで長さが様々で、幅も高さも違います。さらに積む荷物の特性、量、そして比重によって船体内部の容積も形状も変わり、入港する港の水深や岸壁、運河の通航等様々な条件が変わるため、それらがすべて船の形に影響を及ぼすのです。場合によっては、日本政府の指定する200m以上の巨大船とみなされる船に課される法規を回避するために、ぎりぎり200mをオーバーしない199.9mの船にしなければならない場合や、船員の資格や人数の関係で大きさを499総トンに納めなくてはならない場合もあります。すなわち、船の抵抗の最適化問題とすると、目的関数は「抵抗」で、それを最小にすればよいのですが、その拘束条件が様々に変わるので、その結果として最適な船体形状がきわめてバラエティ溢れるものとなるのです。

 造船設計が、長い間、経験工学と呼ばれたのは、この拘束条件が船によって様々にかわるために、まさに一隻一隻をオーダーメードで設計しなくてはならないからなのです。もちろん、この経験工学は、科学技術の進歩に伴って科学的裏付けがなされ、次第に理論に基づく合理的な設計手法が編み出されましたが、それも線形ポテンシャル理論に基づく造波抵抗と、薄い境界層の理論に基づく粘性抵抗の範囲内での最適化でした。それ以上は経験と勘と実験に頼って、船は綿々と設計され、建造されてきました。

 中には同じタイプの船のニーズもたくさんでてきて、標準船と呼ばれる船も建造されていますが、多くても100~200隻のオーダーで、自動車のように何万台も同じ形のものが造られることはありません。また、姉妹船として同じ形の船が複数隻同時に発注される場合もありますが、せいぜい2~10隻が一般的です。そのため、造船所の船型開発は絶えることがありません。

 さて船体が1つの船を単胴船といいますが、これを形状の変化だけで抵抗を減らすには限界があります。そこで、抵抗を減らすためのいろいろな工夫が考案されて、特殊な船型が出現しました。たとえば船底下に水中翼をつけて、それに働く揚力で船体を空中に持ち上げて抵抗を大幅に減らす水中翼船は、高速船の代表選手です。しかし、水中翼船には大きな欠点があって、それは大型化が難しいことです。それは、水中翼に働く揚力は翼の面積に比例するので寸法の2乗に比例しますが、船の重さは体積に比例するため寸法の3乗に比例するため、ある程度の大きさ以上になると3乗に比例する重力が2乗に比例する揚力を上回ってしまって、浮上ができなくなるためです。これは2乗3乗の法則と呼ばれ、飛行機がなかなかジャンボジェット機以上の大きさになれなかったのはこの理由で、水中翼船の場合も同様な理由で大型化は難しく、日本の離島航路で活躍しているジェットフォイルが現在のところの最大級の水中翼船となっています。



引退後、陸揚げされて展示されている水中翼船。
船底につきだした水中翼に働く揚力で船体を浮上させて高速で航走します。



最も大型の水中翼船「ジェットフォイル」は300人弱の乗客を乗せて、40ノットで航走します。


 同じ揚力を利用する高速船に滑走艇といわれる、船底に働く揚力で船体を持ち上げて、水面を滑るように高速航行する船があります。いわゆるモーターボートと呼ばれる小型船がその代表で、その最高速力記録は、1978年に「スピリット・オブ・オーストラリア」という小型船が樹立した時速511kmです。この船はジェットエンジンで推力を出して、水面を滑走するように走ります。しかし、これ以降、船のスピード記録に挑戦した事例はありません。これは走行時に不安定になって、空中に舞い上がってしまう事故が多発して、危険すぎてこれ以上のスピードはほぼ不可能なためです。この滑走艇の代表は、日本の競艇で使われているボートです。実用的な船としては、浮力と揚力で船体重量を支える半滑走艇と呼ばれる高速船が、国内でも旅客船として広く使われています。



船底に働く揚力で船体を浮上させて抵抗を減らして高速で走る半滑走型高速船。


 このような揚力を利用した高速船の他に、浮力で船体を支える排水量型と呼ばれる船でも高速化が図られています。一般に船体が細長いほど造波抵抗は小さくなりますが、船体表面積は増えて摩擦抵抗は増えますし、復原力も減少するので転覆の恐れがでてきます。特に、復原力の問題は、船舶にとって致命的なものです。

 そこで、船体を2つの細長い船体に分離して、それを左右に離して配置し、空気中で連結した双胴船が考案されました。英語ではカタマランと呼ばれており、これは排水量型にもできるので大型化も可能で、2万トンの大型高速船も建造されています。

 さらに胴を3つにした三胴船(トリマラン)なども登場しています。



船体を2つに分断して離して配置した双胴船。
細い船体で抵抗を減らし、かつ復原力も確保できます。


 こうした多種多様な船型に対して、必要なエンジン出力を決めるためには、船体に働く抵抗を正確に知ることが必要で、それに基づいて船体の最適化を行わなくてはなりません。これまでは経験と勘に頼り、さらに模型実験に頼ってきましたが、これからは、こうした新しい船型の開発にはCFDが多用されるようになるに違いありません。

 多くの造船技術者が待ち望んでいたように、CFDによって、水面にできる波も、船体表面の粘性境界層も、そして厚くなった境界層が剥がれて渦を生成する様子も計算によって詳細に見ることができるようになり、さらに船型を自在に変化させて最適な船型を見つけ出すこともできる時代になりつつあります。





著者プロフィール
池田 良穂 | 1950年 北海道生まれ
1978年 大阪府立大学大学院博士後期課程単位修得退学
1979年 工学博士の学位取得

大阪府立大学工学部船舶工学科助手、講師、助教授を経て、1995年に同学大学院工学研究科海洋システム工学分野教授。リエゾンオフィス長、工学研究科長・工学部長などを歴任し、2015年定年退職。名誉教授の称号が授与されると共に、21世紀科学研究機構の特認教授として研究活動に従事。今治造船寄付講座、最先端船舶技術研究所、観光産業戦略研究所を担当。2018年に大阪府立大学を離れ、大阪経済法科大学で文系の学生向けに、海運、水産、クルーズ、エネルギーに関する授業を担当すると共に、日本クルーズ&フェリー学会の事務局長として活躍している。

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