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船舶流体力学の世界に魅せられて 第11回:波浪中での船体運動と流体力

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船舶流体力学の世界に魅せられて

11. 波浪中での船体運動と流体力

 大自然の海の上では、船は、時として木の葉のように揺れます。そうした過酷な状況の中で、船は転覆や沈没、そして破損をせずに、安全に航海できなくてはなりません。このような波の中での船の運動性能のことを、船舶工学分野の専門用語では耐航性能(たいこうせいのう)と呼びます。



荒れた海で翻弄される海上保安庁の巡視艇(撮影: 村田氏)



追波の中の船体運動で船首を沈めた瞬間の高速旅客船(イタリア・イスキア島航路)


 船の耐航性能の研究分野では、船を揺らす波の力と、その中で運動する船体に働く流体力を求めて、それを船体の運動方程式に入れて解くことによって、波の中での船体の挙動を求めるのが一般的です。この運動方程式の各項は、船の慣性力以外は全て水から受ける力である流体力です。この流体力のうち、船を揺らす波の力(波浪強制力)も、船体が運動することによって働く流体力(付加質量力、減衰力、復原力等)も、その多くが粘性を無視した完全流体の流体力学でも、かなりの精度で計算ができます。このため、船舶工学の中でも、船の耐航性能については、比較的古くから理論流体力学を活用した学問体系として確立した分野となってきました。

 この学問体系の中で船体運動を計算するための運動方程式には、6自由度の線形常微分方程式が広く使われており、横揺れ運動以外の運動については模型を使った実験結果ともよく合うことが確かめられています。これは運動方程式を構成する流体力の多くが、水面にできる波を造ることによって働く力が大部分を占め、それらは粘性の影響を余り受けないためです。

 一方、6自由度運動のうち、唯一、横揺れだけは、粘性に基づく流体力が、波を造ることによる流体力よりもはるかに大きいため、完全流体で求めた流体力だけでは大幅な過小評価となってしまい、特に同調時には、とんでもなく大きな横揺れ角度がでてしまいます。この原因は、流体力の中の横揺れ減衰力にあります。実は、この横揺れ減衰力を増やすと同調時の横揺れを抑えることができ、そのために船にはビルジキールやフィンスタビライザーが付いているのですが、いずれも流体中に渦を造ることによって横揺れ減衰力を増やしているのです。このため、船体運動の理論計算においては、横揺れ減衰力にのみ粘性影響を考慮することが一般的に行われています。



池田良穂著『精密イラスト 船ができるまで―豪華客船「ふじ丸」』(偕成社刊)より


 筆者は、大学院の修士および博士課程に在籍していた頃に、この船舶の横揺れ減衰力の研究を行い、その流体力を生む剥離渦の特性を調べて、実験結果等も活用した実用的推定法を開発し、それは、今でも「池田法」と呼ばれて世界中で広く使われています。また、最近になって船舶の国際的規則であるIMOのSOLAS条約の中でも使われることになりました。

 研究当時は、まだ剥離流や、その結果として外部流の中に放出される渦を理論的に計算することができず、模型実験等に頼らざるを得ない状況でした。そのため、この推定法でも多くの部分で実験結果を援用しました。

 しかし、粘性を有する実在流体を支配するナビエ・ストークス方程式が、コンピュータで計算できる時代がやってきました。ビルジキールがつくる渦も、フィンスタビライザーがつくる渦もCFDで理論計算ができるようになりました。



ビルジキールが造る渦の計算(上:揺れが小さい場合、下:揺れが大きい場合)


 耐航性の分野で残されたもうひとつの問題が、船体運動の振幅が大きくなって、これまでの線形理論では扱えなくなった時の船体運動の計算です。たとえば船首に当たった波が、盛り上がってきて船首デッキに打ち込んだり、波自体が船首甲板に上がってきて没水してしまったりする船首冠水、船首が大きく持ち上げられて船首船底が空中に露出した次の瞬間に、波面にたたきつけられて、船底に衝撃的な力が働くスラミング等、船の破壊にまでつながりかねない重要な船体運動にかかわる現象では、粘性影響と共に非線形の影響も強いため、従来の線形の完全流体力学と線形運動方程式では全く歯が立ちませんでした。したがって、これまでは、水槽内に波を発生させて、その中で模型船を走らせて、こうした大きな船体運動と危険現象の発生の有無を計測していましたが、このような問題の解析には、粘性にも非線形性にも対応可能なCFDの応用が期待されています。



水槽に波を発生させて、その中で模型船の船体運動を計測したり、
危険な現象の発生を調べたりする模型実験が行われています。
こうした大振幅の非線形運動にも、もうすぐCFDでの計算が可能になるはずです。





著者プロフィール
池田 良穂 | 1950年 北海道生まれ
1978年 大阪府立大学大学院博士後期課程単位修得退学
1979年 工学博士の学位取得

大阪府立大学工学部船舶工学科助手、講師、助教授を経て、1995年に同学大学院工学研究科海洋システム工学分野教授。リエゾンオフィス長、工学研究科長・工学部長などを歴任し、2015年定年退職。名誉教授の称号が授与されると共に、21世紀科学研究機構の特認教授として研究活動に従事。今治造船寄付講座、最先端船舶技術研究所、観光産業戦略研究所を担当。2018年に大阪府立大学を離れ、大阪経済法科大学で文系の学生向けに、海運、水産、クルーズ、エネルギーに関する授業を担当すると共に、日本クルーズ&フェリー学会の事務局長として活躍している。

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