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船舶流体力学の世界に魅せられて 第14回:横流れによる抵抗増加

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船舶流体力学の世界に魅せられて

14. 横流れによる抵抗増加

 風による抵抗といえば、水面上船体に働く空気抵抗だけかというと、そうではありません。船が横風によって流されて、船首方向にはまっすぐではなく、斜めに進んで、船首方向と実際の船の進行方向が違うことがあります。この時の船首方向と進行方向とのなす角を斜航角といいます。このように斜航した状態で航海すると船体抵抗が増加します。

 しかし、実際の航海時に風にもとづく斜航がどの程度で、それが船の燃費にどの程度影響しているかはよくわかっていませんでした。それがGPS(人工衛星を利用した位置計測)によって、船舶の位置が正確な計測ができるようになって、実際に船が動いている方向とその速度がわかるようになり、船首方位との違いから斜航角が分かるようになりました。

 その実績値を、商船三井の田中氏の学会のシンポジウムにおける講演で知った時には、たいへん驚いたことをよく覚えています。水面上船体が非常に大きな自動車専用船だけでなく、いろいろな船種が、荒れた海では斜航角が3~5度と、意外に大きな斜航をしながら航海しており、その結果、船の速度が大きく低下していたのです。

 船が斜航しながら進むと、船体が流れに対して迎角をもつため、船体には揚力が働き、抵抗も増加します。この時の揚力と抵抗増加は、斜めに進む船体の船底付近で流れが剥離して形成される縦渦(流れ方向に軸をもつ渦)によっています。すなわち流体の粘性に基づくもののため、長い間、理論的な取り扱いはできず模型実験に頼らざるを得ませんでした。模型船を進行方向に対して斜めにセットして曳航し、その時に船体に働く力を測ると、揚力と抵抗が得られます。これを斜航試験といいます。これまで斜航時の揚力は船の操縦性能に直結するので、揚力についてはたくさんの研究が行われてきましたが、抵抗についてあまり研究がされてきませんでした。

 そこで自動車運搬船の模型船を使って斜航時の抵抗を計測してみました。その結果が図1です。斜航角が大きくなるに従って、抵抗は大きく増加し、斜航角が5度で20%余りもの抵抗増加が起こることがわかります。



図1 PCC模型の斜航試験で計測した抵抗値


 さらにやっかいなのは、横風によって船は斜航しますが、その原動力となる風圧力は水面上船体の大きさと形状によってきまります。そして、実際の斜航角は、この風圧力と水面下船体に働く漂流力とのバランスできまります。この2つが正確に分からないと、風による斜航角も、それによる抵抗増加も求まらないのです。そしてその2つの流体力が、流れの剥離による粘性流体力なのです。したがって、かつては、模型実験による流体力の計測結果に頼らざるを得ませんでした。しかし、今では水面上船体に働く風圧力も、横漂流時に水面下船体に働く横漂流抵抗も、そして斜航しながら走る船体に働く水抵抗もCFDによって計算できる時代になりました。



図2 斜航角が大きい肥大船の水面下の流れの様子
船底付近で流れが剥離し、渦が発生しています


 では、どのようにすれば風圧力による斜航に伴う抵抗増加をカバーして、船の速力低下を防ぐことができるでしょうか。この問題を今治造船との共同研究で考えました。対象とするのは、水面上船体が大きい自動車専用船(PCC)です。この船種は、船内にたくさんの駐車スペースを確保するために水面上船体が大きいため風圧力が大きく、さらに荷物が軽いために喫水が浅く、かつ痩せた船体をしているので、水面下船体に働く横漂流抵抗が小さいのが特徴です。その結果、横漂流が大きくなり、大きな抵抗増加が発生し、速力が低下してしまいます。そこで横漂流を発生させる風を利用して、推進力を得て抵抗増加分を補う帆装船を考えました。この船は、風だけを推進力とする帆装商船ではなく、風の強い時だけ風と波による船速低下を補って、一定の航海速力を維持します。すなわち、セールアシストという考え方です。



図3 風による抵抗増加にもとづく船速低下を風の力を使って補うセールアシスト船のイメージ図


 2つ目に考えたのは、横漂流抵抗を大きくして斜航自体を減らすことです。このためには胴が3つあるトリマラン船型が効果的なことがわかりました。さらにトリマラン船型に、強風下においても航海速力を維持するための帆を装備すると、図4のような、荒天時にも速力の落ちないセールアシスト型省エネ船が実現します。



図4 横漂流抵抗を増加させて斜航角を減少させた、3つの胴をもつトリマラン型のPCC


 3つ目に考えたのは、斜航しても抵抗が増えない船型の模索でした。その候補にあがったのが、ヨットレースのアメリカズカップに使われていた単胴型船型でした。ヨットは帆に風をはらんで推進力を得ていますが、かならず横漂流をします。したがって、アメリカズカップのレース艇は、横漂流しても抵抗増加の少ない船型になっているはずです。



斜航しながら進むアメリカズカップ・ニッポンチャレンジ艇 [韋駄天(手前)、 阿修羅(遠方)]
(写真: 藤本隆氏ご提供)


 アメリカズカップ艇の模型船を製作して、斜航試験をした結果は驚きのものでした。図5に計測結果を示します。斜航してもほとんど抵抗が増えず、斜航するほど、わずかながら直進時よりも抵抗が小さくなっているではありませんか。すなわち、アメリカズカップ艇は、斜航することを前提にして、抵抗を最小化した船型になっていたのです。一般的な商船の船型に比べるときわめて痩せた船体は、直進時も、一般的な自動車運搬船よりも抵抗は小さく、しかも波の中での抵抗増加も小さいことがわかりました。あとは、この船型を200mもある大型の自動車専用船に使えるかです。船内の車両甲板をアレンジしてみると、問題なく実用化ができそうなこともわかりました。



図5 模型実験によるアメリカズカップ艇の斜航時抵抗増加率


 このように、風による斜航による船速低下に関しては、その解決方法にはいろいろな考え方ができることがわかります。それぞれのアイディアを的確に評価して、それぞれの場合に最適なものを選択するためには、剥離を伴う粘性流を知る必要がありますが、CFDが強力な計算手段となっています。





著者プロフィール
池田 良穂 | 1950年 北海道生まれ
1978年 大阪府立大学大学院博士後期課程単位修得退学
1979年 工学博士の学位取得

大阪府立大学工学部船舶工学科助手、講師、助教授を経て、1995年に同学大学院工学研究科海洋システム工学分野教授。リエゾンオフィス長、工学研究科長・工学部長などを歴任し、2015年定年退職。名誉教授の称号が授与されると共に、21世紀科学研究機構の特認教授として研究活動に従事。今治造船寄付講座、最先端船舶技術研究所、観光産業戦略研究所を担当。2018年に大阪府立大学を離れ、大阪経済法科大学で文系の学生向けに、海運、水産、クルーズ、エネルギーに関する授業を担当すると共に、日本クルーズ&フェリー学会の事務局長として活躍している。

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