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装置設計者のための騒音の基礎 第32回

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玉軸受からの振動成分

 この連載では、製品開発・設計をされる方を対象に、騒音に関する基礎的な事項を説明しています。今回は、玉軸受の劣化診断にエンベロープ処理を用いた例を紹介します。

 玉軸受は、軸受の可動部品間を、玉を使って分離する転がり軸受の一種で、産業機械に広く使われています。玉軸受は、可動部品間を分離する役割を担うため、他の部品に比べて過酷な状況にあり、玉軸受の寿命が機械の寿命を左右する場合が多くあります。そのため、機械の故障診断では、玉軸受の振動計測結果から、良否を判断する必要があります。表1に、アンデロンメータと呼ばれる軸受単体の振動を計測する装置で、新品と劣化した軸受の振動を音声ファイルにしたものを添付します。あらかじめボリュームを絞るなどして再生に適した音量で再生してください。新品に比べて劣化した軸受の振動音は、大きな音であるほか、変動感も増していることがわかります。表1の振動音をFFT解析した結果が図1に示すスペクトルになります。図において、青い線が新品の振動、赤い線が劣化品の振動を示します。あきらかに赤い線で示す劣化品の振動のスペクトルが増加していることがわかります。図2は劣化品の振動スペクトラムで、縦の縞模様となり、周期的に強度が変動していることがわかります。

表1 玉軸受振動音
新品の振動 劣化した軸受の振動



図1 玉軸受振動の周波数スペクトル


図2 劣化品の振動スペクトログラム

 

 この変動の周期は、玉軸受の内部寸法から計算することができます。詳細は省略しますが、下記の(1)~(3)式を用いて、玉軸受の各部に起因した変動の周波数を求められます。式において、fouter は外輪起因の変動の周波数、finner は内輪起因の変動の周波数、fball は転動体起因の周波数です。表2にサンプル音の軸受の内部寸法から(1)~(3)式を用いて、各部に起因した変動の周波数を求めた結果を示します。各部に起因した周波数は200Hz以下にあるため、図1に示したスペクトルの周波数範囲を0~200Hzで表示してみた結果が、図3です。図3を見ると、新品の振動スペクトルを示す青い線と、劣化品の振動スペクトルを示す赤い線とは重なり合い、この結果からは、各部の劣化状況を判断することはできません。これは、FFT解析が複数のスペクトルに分離する操作であり、変動の周波数を表せないためです。前回の説明のように、エンベロープ処理後にFFT解析を行えば、変動のスペクトルを分離できると考えられます。



ここで、nは転動体数、Sは回転速度[r/m]、dは転動体径[mm]、Dはピッチ円径[mm]、αは接触角[rad]で、α≒0とします。

表2 各部に起因した変動の周波数
外輪起因周波数 内輪起因周波数 転動体起因周波数
77Hz 133Hz 104Hz


図3 200Hz以下のスペクトル

 そこで、エンベロープ処理を行い、FFT解析を行った結果が、図4です。図2と同様に、青い線が新品の、赤い線が劣化品のスペクトルを示します。図を見ると、表2の内輪起因周波数の133Hz付近で、赤い線で示す劣化品のスペクトルが大きく増加していることがわかります。また、外輪起因周波数の77Hz付近でも、劣化品のスペクトルが大きく増加していることがわかります。以上の結果から、劣化品は、内輪および外輪が劣化していること、特に内輪の劣化が顕著であると予想されます。このように、エンベロープ処理とFFT解析を組み合わせることで、転がり軸受の効率的な劣化診断が可能となります。エンベロープ処理は、FFTアナライザの標準あるいはオプション機能で行える他、MATLABやLabVIEWなどでも行えます。今回の解析にはMATLABを用いています。


図4 エンベロープ処理後のFFT解析結果


「騒音計測の基礎」は、今回で終了となります。第1回からの連載記事が、製品の低騒音化の参考となれば幸いです。


【参考文献】 機械音響工学 鈴木ほか コロナ社 





著者プロフィール
御法川 学 氏 | 法政大学 理工学部 機械工学科 教授
環境計量士(騒音・振動)

1992年 法政大学大学院 工学研究科 機械工学専攻
1992年 株式会社荏原総合研究所 入社
1999年 法政大学工学部 助手
2001年 東京工業大学にて学位取得、博士(工学)
2004年 法政大学工学部 助教授
2010年 法政大学理工学部 教授




著者プロフィール
伊藤 孝宏 氏 | オリエンタルモーター株式会社 技術支援部主席研究員

1982年 筑波大学基礎工学類卒業。新日本製鉄株式会社に入社、加熱・冷却設備の開発に従事
1988年 オリエンタルモーター株式会社に入社、送風機の羽根・フレームの開発・設計に従事
2008年 法政大学にて学位取得、博士(工学)
2014年1月現在、オリエンタルモーター株式会社 技術支援部主席研究員

 

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