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東京文化財研究所 様

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東京文化財研究所 様 インタビュー

文化財の保存で重要な温湿度管理にCFDを活用し 省エネにも役立てる


文化財の調査研究や保存・修復などを担う国立文化財機構 東京文化財研究所では、2005年ごろから文化財の温湿度環境の把握、環境管理に役立てるために流体解析を活用し始めた。さらにより省エネの保存環境を設計、維持する意味でも、流体解析は重要な検討手段の一つになりつつあるようだ。

写真1 東京文化財研究所 保存修復科学センター
主任研究員 犬塚将英 氏

 東京・上野公園に所在する国立文化財機構 東京文化財研究所は、日本および海外の美術全般について研究を行う組織である。1930年に帝国美術院の附属美術研究所としてスタートしたのち1952年に東京文化財研究所となり、従来の美術部に加え、無形文化財を扱う芸能部、そして現在の保存修復科学センターにつながる保存科学部が発足した。

 

 現在の保存修復科学センターは、主に文化財が置かれる保存環境に関する研究、文化財の材質や構造を調べる分析科学、文化財への生物的な影響やその防止策を研究する生物科学、また修復材料や伝統技術の研究、近代文化遺産専門の研究分野に分かれる。

 

 東京文化財研究所 保存修復科学センター 主任研究員の犬塚将英氏は、主に保存環境と分析科学の研究に携わっている。文化財に劣化をもたらす原因はさまざまである。物理化学的なものについては、温度、湿度、紫外線や赤外線などの光、また大気汚染や建築材料から出てくる化学物質などが挙げられる。生物的なものはカビや害虫などだ。なお温度および湿度については他の劣化要因とも密接な関係があり、重要な管理項目になるという。この温湿度環境を調べるために、流体解析ツールを活用している。

 

見直されている文化財の保存環境

 

 文化財には、紙や金属などの文化財を構成する材料に応じて、適切な温度や相対湿度の条件がある。これは展示ケースの中でも、その何倍もの量が保存されている収蔵庫においても同様だ。これらの管理は空調設備を使ってされていることが多い。バブル崩壊前にはたくさんの博物館が建設されたが、現在、設備の老朽化が増えているという。また震災以後、保管に対る省エネ要求も高まっている。こういったことから現在は、「文化財の保存研究が改めて見直されている時期」なのだと犬塚氏は言う。

 

 もともと建造物なので不具合が発覚したからといって簡単に建て直すことはできない。また十分に検討をせずに建ててしまうと、文化財にダメージを与えてしまうなど取り返しがつかなくなる可能性も出てくる。そこで検討したのが流体解析ツールによるシミュレーションだ。シミュレーションであれば、文化財に影響を与えず、実験に関する費用も掛からない。そこで事前の低コストでの検証、トラブル回避を目的として、流体解析ソフトウェアの導入が適切だと判断したという。

 

展示ケース内のファンは初の試み

 

 実際に犬塚氏が担当した案件の一つに三重県総合博物館の大型展示ケースがある。三重県総合博物館は2014年4月に開館した博物館である。外寸約幅13m、奥行き2m、高さ 6m以上と2階建てレベルの壁面展示ケースは、大型の絵画や屏風などの展示を想定しており、国内でも大規模のものになる。

 

 この展示ケースの設計の際に心配されたのが、照明器具の発熱による高温と、ケース内での温湿度の勾配だ。縦に長いものを展示した時に、上下で温湿度の条件が変わると文化財の伸び縮みなどに違いが生じてダメージを与えてしまう。これを回避しようと同館が検討したのが、展示ケース内の空気をファンによって強制循環させる方法である。だが当時は、展示ケース内の 強制循環自体が珍しく、強制循環でどのような効果があるかをきちんと調べた例はなかったという。

 

 ファンはケース上部に設置され、展示ケース内の空気はスリットを通じて吸引されて背面にあるダクトを通じて下部に送られ、ケース底面の吹き出し口から調湿剤のある空間を通過したのち、再びケース内に送られるという設計だった(図1)。

tobunken_fig1.jpg
図1 展示ケースの構造の概略図

 

 ケース内の風速は0.3m/s 以下に設定された。また熱源となるLEDは、横に226個並び、それが上部に4列、下部に1列配置される。上部のLEDが配置される空間と展示空間は、熱切りガラスで仕切られている。一方、調湿剤はシリカゲルなどで構成され、シミュレーションでは調湿剤の表面の相対湿度は一定の60%と仮定された。これらの条件で、ファンによる強制循環のありとなしの場合を定常解析した。


 シミュレーションの結果、循環ありの場合は温度勾配は抑えられるとともに、外部と近い温度となり、なしの場合は勾配があり外部より少し高くなることが確認できた(図2)。相対湿度についてはどちらの条件でも勾配の差はなく、強制循環ありの方が温度が下がったため相対湿度は適切な値になることが確認できた(図3)。


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図2 正面から見た温度コンター図
(左図は強制循環なし、右図は強制循環ありの場合).


 

tobunken_fig3.jpg
図3 正面から見た相対湿度のコンター図
(左図は強制循環なし、右図は強制循環ありの場合)

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図4 温度および相対湿度のグラフ 
実線は展示ケース内の各高さにおける実測の温度または相対湿度。
●はSTREAMで解 析した、LEDを点灯して循環なしまたはありにおける温度または相対湿度.
それぞれのグラフの3月26日15:10 ~ 27日21:00の 期間:LED点灯・循環なし、
3月31日17:15 ~ 4月2日8:55までの期間:LED点灯・循環あり、他の期間はLED・循環ともになし

 

 また、実際に展示ケース内の36カ所で温湿度を測定した(図4)。グラフ中の3月26日15:10 ~ 27日21:00の期間では、LED照明を点灯し、強制循環は行わなかった。3月31日17:15 ~ 4月2日8:55までの期間では、LED照明の点灯および強制循環を行った。それ以外の期間ではLEDの点灯および送風は行っていない。

 

 実測の結果からも、導入による効果を確認できた。またシミュレーションとの一致についても、シミュレーションの方が比較的高い温度で計算結果が出たものの、相対湿度については実測値とよい一致を示した。

 

文化財をもつお寺の環境の解析も

 

 各地の寺社などが文化財を所有しているケースも多いが、それらの保存環境も難しい課題の一つだ。数年前に調査を行った沿岸部の寺では、指定文化財の絵馬を所有しているが、湿度が高く90%以上になる時期もある。

   

 この寺は本堂を囲むように、絵馬堂がある。普段はこの空間は閉め切っており、しかもエアコンの電源を確保することすら難しかった。そこで効率よく風を通して湿度を下げられるような状況の検討をSTREAM®で行った。

 絵馬堂周辺の風向・風速を調査した結果、その風が入るところと出ていくところに通風口を開ける提案を行った(図5)。外部の風は西から東へ0.5m/sとした。(1)の入り口、(2)の出口、また(3)のスリット状のすき間を設けることを考え、開け閉めの条件を変えて絵馬堂内部の気流の様子をシミュレーションで比較した(図6)。これによって(3)や(2)の上部の通風口を開けるなどによる効果を確認できたそうだ。

 

 他にはある都内の収蔵庫の設計に際して、空調機や棚をどのように配置すれば空気が全体に流れ通気性を保てるかの検討を行った例もある。これはレイアウトを決めるための参考にしたという。実際に完成した時には各点で風速を測定し、きちんと問題なく流れていることを確認したそうだ。

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図5 寺の内部の概略図 
オレンジ色の壁のあたりが絵馬堂。黄緑と紫の壁に囲まれた部分が本堂。
​(1)が風の入り口で、(2)が出口になる。
また(2)の上部にはすき間を開けた。
y軸方向が北、x軸方向が東。北と東は山の斜面になる

 

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図6 寺内の解析結果の一例
入り口、出口および(3)の窓を開けた場合

 

目的によって解析ツールを使い分け

 

 犬塚氏らは、清水建設が開発した熱・換気回路網計算プログラム「NETS」も使用している。これは壁や部品などを配置し、外部の気候の変化にともなう内部の温湿度を計算するツールだ。室内の平均温湿度を算出し、年間を通した気候の変化による屋内の変化などを調べるのに利用される。短い計算時間で季節変動が調べられるのが利点だ。一方、室内の空間分布を調べることは難しい。

 

 その室内分布を予測するため、STREAM®を採用したという。導入にあたっては海外製も含めていろいろなソフトウェアを検討した。STREAM®は国産ソフトウェアだったため、サポートが安心だと考えて選択したという。

 

 今後はより湿度の計算を精密にやっていきたいそうだ。「文化財の場合、温度より重要なのが湿度なのです。調湿材のモデル化が難しいため、三重県総合博物館ではクレイドルに計算をお願いしました。将来は調湿剤の吸放湿性能のメカニズムまで再現できればいいですね」と犬塚氏は言う。調湿剤だけではなく、紙、土、木、石などにも調湿を行う性質がある。例えば仏像などがどれだけ吸放湿を行っているかまで正確に予測できれば、より活用する場面が広がるだろうと犬塚氏は言う。

 

半屋外も大きな課題

 

 今後取り組みたいと考えていることの一つは、半屋外の条件下に置かれている文化財を取り巻く環境のシミュレーションだという。現在関わっているものに福岡県の装飾古墳の事例がある。福岡県や熊本県には古墳が多い。これらの古墳の置かれている状況は、屋外、地中、保護施設内などさまざまである。こういった文化財を保存するため、シミュレーションで古墳の内部や保護施設内部の環境も検討したいということだ。

 

 また、震災で被害を受けた文化財の保管も重要な課題だという。2011年3月の東日本大震災の後には被災地の文化財のレスキュー活動が行われた。泥だらけになったものをどこに保管するかが問題となった。廃校になった校舎などに緊急避難し、現在もそのままのものもあれば、環境の整った場所に移動したものもある。そのような保管場所では緊急で二重壁にするなどの処置を施した事例もあるが、シミュレーションができればもっと保管場所も検討しやすくなるだろうという。

 

 現在は、空調制御と文化財の保存環境について世界中で再検討されているところだという。空調の性能は圧倒的によくなっているが、使うほどに光熱費が掛かってしまう。しかし簡易な方法にすると、文化財にどのような影響が生じるのかわからない。そのような検討を行うのに、解析ツールが大きな役割を果たすだろうということだ。


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独立行政法人国立文化財機構 東京文化財研究所

  • 設立: 1930年
  • 活動内容: 文化財の調査研究、保存修復など
  • 代表者: 所長 亀井 伸雄
  • 本社: 東京都千代田区
  • URL: http://www.tobunken.go.jp/

※STREAMは、日本における株式会社ソフトウェアクレイドルの登録商標です。
※その他、本パンフレットに記載されている会社名、製品・サービス名は、各社の商標または登録商標です。
※本パンフレットに掲載されている製品の内容・仕様は2015年1月現在のもので、予告なしに変更する場合があります。また、誤植または図、写真の誤りについて弊社は一切の責任を負いません。


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