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ムーンクラフト株式会社様

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ムーンクラフト株式会社インタビュー

CFDでより速く 
――レーシングカーメーカーの新たな挑戦

 
 ムーンクラフトは、空力設計で定評のあるレーシングカーメーカーだ。同社は30年以上前に風洞を導入し、空力設計に注力してきた。今、取り組みを進めているのが、SCRYU/Tetraの導入による車体外部/内部流れの解析だ。CFDを駆使して、より数値に裏付けられた速さをめざそうとしている。

 ムーンクラフトは由良拓也氏が1975年に設立したレーシングカーの開発、製造などを行う会社である。由良氏自身が富士スピードウェイの近くに工房を構え、レースカーを開発、製造したのが始まりだ。由良氏がネスカフェゴールドブレンドの「違いのわかる男」のCMに出演したことで一般にも知られるようになった。

 同社は1985年にはレーシングチームを発足してレースに参加、さらには国内のレース業界ではいち早く、カーボンファイバのシャシーやボディを製作するためにオートクレーブオーブン装置を導入するなど、常にレーシングカーの開発でトップを走る。また同社の活動はレーシングカーの開発だけにとどまらない。各種の試作車両やショーカー、航空部品、また椅子などをはじめとする身の回りのインダストリアルデザインまで多岐にわたる。

 

空力設計に大きな強み

 ムーンクラフトの大きな強みは空力に関するノウハウだ。1986年に5分の1スケール車両で実験可能な風洞設備を建設し、エアロダイナミクス開発の迅速化を可能にした(写真1)。同社の風洞はムービングベルトも備えているため、実走行と同様のフロア下の流れも再現できる。

 

写真1 ムービングベルトを設置した小型風洞
5分の1のスケールモデルで実験を行うことができる


 風洞を自前で持ち、実験を通して形状をつくることは、レーシングカー開発にとって非常に大切なことだとムーンクラフト 開発部の阪口真一氏(写真2)はいう。「レーシングカーは最高速度で約300km/hのスピードで走るため、空気抵抗は非常に大きくなります。この抵抗をただ減らせばよいというわけではなく、ウィングやフロア下で大きなダウンフォースを生み出すといったことも必要になります」(阪口氏)。現在出場しているGT300クラスのうち、JAF-GTで風洞実験を行っているところはおそらくほかにはないだろうという。

 
開発部 阪口真一 氏(写真2、左・開発部 神瀬太亮 氏(写真3、右)


 一方、最近は数値的な根拠としてCFDがますます重要になってきている。そこで同社でもソフトウェアクレイドルの「SCRYU/Tetra」による熱流体解析に取り組むことにした。「当社の強みはやはり、今まで培ってきた風洞実験のノウハウとデータです。風洞とCFDのよいところを組み合わせることによって最大の効果を得て、より良い製品を作っていきたいと考えました」と阪口氏は語る。同社では、2016年春から同じく開発部の神瀬太亮氏(写真3)が中心となって本格的に「SCRYU/Tetra」による解析の取り組みを開始した。


SUPER GTの新造車両にCFDを活用

 ムーンクラフトが現在CFDを活用しているのが、SUPER GTのGT300クラスに出場している車両だ。2015年に新造車両で参加して以来、今年で3年目になる(写真4)。SUPER GTは市販のレースカーをベースにしたものからほぼオリジナルまでさまざまな車両が出場している。


写真4  SUPER GTに参戦中の「SGT LOTUS EVORA」

 ムーンクラフトの車両は、ロータス社製のスポーツカー「LOTUS EVORA」をベースにした「SGT LOTUS EVORA」である。シャシー部分に共通のカーボンモノコックを利用しつつ、外板やサスペンションなど各種パーツはすべて一から設計したほぼオリジナルのマシンだ。初年度は風洞モデルを作り、由良氏自らがクレイモデルの造形を行いながら実験を繰り返して、各部の寸法などの諸元を決定し、オリジナル車両を作り上げた。一番の特徴は、ミッドシップレイアウトへの改造だ。元のカーボンモノコックはフロントにエンジンを積むレイアウトとなっていたが、より運動性能の高いミッドシップに変更した。大きな変更だったため初年度はスタータ周辺に大きなトラブルもあり苦労した部分だそうだ。

 SUPER GTは年間を通して8戦あり、国内および海外の各地のサーキットで順次開催される。サーキット走行の前ごとに風洞実験を行い、空力の前後バランスなどをチェックしている。こういった事前準備によって、現地での車両セットアップの時間を短縮できるという。

 また同時にCFDも活用している。結果を早急に出す必要のあるものは風洞で(通常の抗力係数や揚力係数)、流れの細部の様子(圧力分布、流速ベクトル、冷却性など)を知りたい場合はSCRYU/Tetraといったように使い分けているという。

 

車体の外部流と内部流を解析

 神瀬氏が取り組んだ最初の解析テーマがリヤウィング単品の性能比較だ。実験と実車両の相関が取れているという点でも初めての解析として取り組みやすかったという。風洞実験においては、ラピッドプロトタイピングによりリヤウィングを出力し、低ドラッグ高ダウンフォースとなる翼型を探した。この結果とCFDを比較したところ、相対的な性能の良し悪しの関係に違いがあった。

 ソフトウェアクレイドルのサポートに相談したところ、乱流モデルは標準k-εモデルでは剥離を再現できないため、SST k-ωモデルを使うとよいというアドバイスを受けたため改めて取り組むとのことだ。こういったアドバイスも勉強になっているという。

 続いて図1のように車両全体の解析を行った。まず実車のCADデータから解析用モデルを作成するが、通常だとカウルの段差や隙間を埋める作業に非常に時間が掛かる。だがSCRYU/Tetraには自動ラッピング機能があるため、効率がアップしたという。

図1 車両の表面およびフロア下の圧力分布

 またムーンクラフトは、ラジエータダクトの形状変更のための熱流体解析も行っている。「スケールモデルによる自社の風洞実験では、荷重は計測できますが、冷却性の試験には向いていません。熱の分野でCFDが非常に役に立っています」(阪口氏)。

 図2がその解析結果だ。ラジエータは車両内の前方に配置され、フロントから入った空気がラジエータに当たり、上部に抜ける。レギュレーションで、上から見たときにラジエータが見えてはいけない。これに対応するために新しいルーバーを取り付けたところ、第1戦では冷却が不十分だった。

図2 垂直断面でのラジエータ内の流速分布とラジエータの温度分布


 夏に向けて気温が上がるため冷却能力を上げる必要があり、ルーバーの有り無しや形状がラジエータの表面温度にどのような影響を及ぼすかをSCRYU/Tetraで解析した。一番上がルーバーなし、真ん中が平板型のルーバー、一番下がRを有したルーバーを追加した状態である。平板のルーバーがラジエーターの冷却性能に悪影響を及ぼして いることがわかる。流れに沿うようにルーバーに曲率をつけると冷却性能が回復した。


ブログの読者も見てくれている

 これらの例を見ても分かるように、「フロア下の圧力分布や温度など、実験では困難な検証をCFDの力で行うことができます。表面上の全面的な可視化も非常にわかりやすく重宝しています。風洞実験によって決めたインテークなどの場所がきちんと高圧だったりと、合理的な判断だったことも確認できました」と阪口氏は話す。また「このような解析結果の図をブログに載せると、読者の皆さんも見てくれているようです。ムーンクラフトは実験が主体だと思われていますが、CFDの取り組みを積極的に紹介していくことで、より空力のムーンクラフトをアピールできると思っています」(阪口氏)。

 同社では風洞設備のレンタルも行っているが、「風洞をレンタルする人は基本的にCFDを先に行っており、その実証のために風洞を使いに来ます。そのため我々もCFDについて十分に知っておく必要があると感じていました」(阪口氏)。今までは人的な問題もあり、なかなか手を付けることができなかったが、ここにきて活用が進んできたという。

 

作業手順のわかりやすさ

 解析環境としては、専用パソコンを1台用意している。以前は車体1台を解析するのに4日ほど掛かっていたが、サポートからアドバイスを受け、細かすぎるメッシュなどを改善したところ、現在は14時間程度になったそうだ。


 SCRYU/Tetraの使用感については、「とにかく使いやすい」と神瀬氏はいう。神瀬氏は学生時に熱流体解析を行っていたこともあり、新たにSCRYU/Tetraを習得するまでにあまり時間は要しなかった。また「ポストモジュールの可視化手段もバラエティに富んでいて、見た目もすごく綺麗に表示できます。見ていておもしろいですね」(神瀬氏)。

「とくにPrimeモードを使うと、初心者の自分でも順番に進めていけばモデルをインポートしたり修正したりといったことができるので、かなり簡単に操作することができました」と神瀬氏は話す。

 とくにカーボン製品は、CADモデルにおいてソリッドではなくサーフェスデータであることが多い。データが閉じておらずそのままでは扱いにくいので、ラッピング機能はとても助かったという。要望としては、ヘルプメニューがSCRYU/TetraではPDF形式のため、ソフトウェアクレイドルのポリヘドラルメッシュを採用した新しい熱流体解析ツール「scFLOW」のようにHTMLであれば、検索などもしやすく助かるとのことだ。
 

複雑な吸気チャンバーの圧縮性流体を解析したい

 さらに同社が取り組んでいる解析が、吸気ダクト系の形状検討だ(図3)。自然吸気エンジンの場合、吸気流路における圧力損失を低減することが重要になる。GTカーレースにおいては車両レギュレーションで吸気リストリクターの装着が義務付けられる。効率よく空気を取り込む空気ボックスの形状を検討することが必要だ。「実際は大量に空気を吸うのでリストリクター付近は音速近くになります。そのため圧縮性流体としての性質を考慮しなければいけません」(阪口氏)。

 図3ではリストリクターからディフューザー、インテークマニホールドへ流入するまでの内部流を観察することができる。空気の密度変化や圧力値を評価することができ、形状の最適化を行う事ができた。

図3 エンジンの吸気リストリクター内の解析

 今後については「吸気ボックスの非定常圧縮計算を、エンジンの点火順序を考慮してさらに進めたいですね。実際は、脈動なども効いてきます。この辺りを解析していきたいです」(神瀬氏)とのことだ。

 またVBインターフェースにも興味があるという。「車高やウィングの角度などをプログラミングで変えていくことができれば、解析が効率的になるのではないかと思っています」(神瀬氏)。

 阪口氏は「風洞実験とCFDを両立させ、両者のよいところを生かしていきたいと考えています。CFDの結果を確認するために風洞実験を行うといった形の検証も進めていきたいですね」と今後の方針を語ってくれた。空力のムーンクラフトはSCRYU/Tetraによってより進化した走りを見せてくれるだろう。今後の活躍を楽しみにしたい。

 

 

ムーンクラフト株式会社

  • 創立:1975年
  • 事業内容:レーシングカーのデザイン・開発設計・製作、風洞実験による空力実験・開発、風洞実験施設のレンタル など
  • 代表者:代表取締役 由良拓也
  • 所在地:静岡県御殿場市

 


※SCRYU/Tetraは、日本における株式会社ソフトウェアクレイドルの登録商標です。
※その他、本インタビュー記事に記載されている会社名、製品・サービス名は、各社の商標または登録商標です。
※本インタビュー記事の内容は2017年4月現在のもので、予告なしに変更する場合があります。また、誤植または図、写真の誤りについて弊社は一切の責任を負いません。​

 

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