船舶流体力学の世界に魅せられて 第1回:船舶の性能を決める流体力
1. 船舶の性能を決める流体力
船舶は、空気の800倍の密度をもつ水の中を走るため、空気中を走る飛行機や自動車に比べると桁違いに大きな抵抗を受けます。これはプールの中を走ってみるとすぐに実感ができます。したがって、水から受ける抵抗をできるだけ減らすことが必要ですが、それが簡単ではありません。それは、船は、水面という空気と水との境界面をまたいだ形で走るために、水面に複雑な波を発生するためです。水面がなければ流線型と呼ばれる形状が、抵抗が最も小さくなりますが、水面があるため、船首で波が立たないように水切りのよい船首形状が必要となります。さらに細くなった船首部および船尾部と、船体中央の平行部分とをつなぐ2つの肩部からも波が発生します。しかも、船首、船首肩部、船尾肩部、そして船尾から発生する波が互いに干渉して、複雑な波となります。こうして波が発生することによって船体には圧力抵抗が働き、これを造波抵抗と呼びます。この抵抗は船体形状と密接に関係しており、また前進速度が増加すると急激に増加する特性をもっています。
船が水面に造る複雑な波が大きな抵抗を生みます。
高速船の造る波は砕けて白い飛沫となります。
船舶は、運ぶものの種類や必要な速度によってその形が大きく異なります。そのそれぞれに最適な抵抗の小さい船型を決定するのが船型学という学問です。かつては経験で、そして模型実験で、さらに粘性を無視したポテンシャル流れの線形化した方程式を使った理論的な方法で最適な船型を求める方法を編み出してきました。
船に働く抵抗は、造波抵抗だけではありません。船体表面を流れる水の粘性によって、表面近くには境界層という遅い流れが成長し、船体表面には摩擦抵抗が働きます。特に低速の大型船では、この摩擦抵抗の割合が増加します。
さらに大量の油や石炭などを積むタンカーやバルクキャリアでは船体全体が太っていて、特に船尾が太っていることから流れの剥離も起こりやすくなり、粘性に基づく圧力抵抗も発生します。摩擦抵抗は境界層理論を使って計算されてきましたが、船尾で境界層が急速に発達するようになり、さらに剥離するようになると、境界層理論で計算することはできなくなります。そこで粘性影響を含むナビエ・ストークス方程式を使って解くことが必要となります。
船を推進させるスクリュープロペラの性能、そしてキャビテーションにも流体力学が必要です。スクリュープロペラは、船尾の境界層内の遅い流れ、すなわち伴流の中で作動させることにより効率が向上するので、いかに伴流をうまく集めるかが重要となります。この伴流が不均一だとプロペラ振動の原因ともなります。また、水中に気泡が発生するキャビテーションは、プロペラ効率の悪化だけでなく、プロペラ面の浸食や、大きな振動の原因になるやっかいものです。
実際の海上では高い波が船を襲い大きな船体運動を生じさせ、船体には大きな外力が働きます。
実際の船は、鏡のような水面を走ることはめったにありません。天気が荒れれば山のような波が船を襲います。この時に転覆から船を守るのが復原力です。復原力自体は静水力学で求まりますが、実際の海の上での転覆の判定には、同調横揺れの大きさや、船体に働く風圧力などの粘性剥離流れが関係しており、これまでは実験的研究に頼らざるを得ませんでした。
船に推進力を与えるスクリュープロペラは回転流を含む複雑な流れを作ります。 (写真: ナカシマプロペラ株式会社)
このように船舶の性能を決めるのは流体力と言って過言ではありません。これまでは経験と勘、実験、ポテンシャル流理論、境界層理論などに頼ってきましたが、いよいよ粘性の影響も含めて流体現象を理論的に求めるCFDこそが、船舶の性能を合理的に分析し、最適な設計をするためのツールとして使われる時代に差し掛かっています。
著者プロフィール
池田 良穂 | 1950年 北海道生まれ
1978年 大阪府立大学大学院博士後期課程単位修得退学
1979年 工学博士の学位取得
大阪府立大学工学部船舶工学科助手、講師、助教授を経て、1995年に同学大学院工学研究科海洋システム工学分野教授。リエゾンオフィス長、工学研究科長・工学部長などを歴任し、2015年定年退職。名誉教授の称号が授与されると共に、21世紀科学研究機構の特認教授として研究活動に従事。今治造船寄付講座、最先端船舶技術研究所、観光産業戦略研究所を担当。2018年に大阪府立大学を離れ、大阪経済法科大学で文系の学生向けに、海運、水産、クルーズ、エネルギーに関する授業を担当すると共に、日本クルーズ&フェリー学会の事務局長として活躍している。
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