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船舶流体力学の世界に魅せられて 第2回:船舶に働く抵抗推定が難しいわけ

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船舶流体力学の世界に魅せられて

2. 船舶に働く抵抗推定が難しいわけ

 船舶に働く抵抗には、静かな水面を走る平水中抵抗と、波のある中を走る波浪中抵抗があります。もちろん、水面上の船体に働く空気抵抗もありますが、空気の密度が水の1/800なので、一般的には水からの抵抗だけを考えます。

 この抵抗を、船を建造する前に正確に推定しておく必要があります。それは、船が完成すると洋上で船を実際に走らせて、契約上の速力がでるかがチェックされ、契約値よりも低ければ大きなペナルティ(補償金)を要求されたり、場合によっては引取りを拒否されたりする場合もあるからです。



船が完成すると海上で走らせて、契約通りのスピードがでるかを試験します。


 飛行機や自動車に比較して船の抵抗推定が難しいのは、船に働く水の抵抗には、摩擦抵抗と造波抵抗という全く特性の異なる抵抗成分が含まれているためです。特に造波抵抗は船の大きさ、船の種類、速力によって大きく変わるので、経験と勘だけで推定するのは危険です。そこで、模型を使った水槽試験で抵抗を測ることが行われます。



速力が遅い大型船では、船体に働く抵抗の大部分を粘性抵抗が占めます。

 船の模型試験は1800年代中頃から行われていましたが、模型実験の結果と、実際の船の速力との間の相関は長い間よくわかりませんでした。その理由が、船の抵抗が2つの成分、すなわち造波抵抗と摩擦抵抗から成り、それぞれがまったく違う物理パラメータに依存するからなのでした。このことを見つけたイギリスの造船科学者ウィリアム・フルードの名前をとって、造波抵抗を支配しているパラメータはフルード数と名付けられました。一方、摩擦抵抗はレイノルズ数に支配されています。定義は、それぞれ次のようになります。



 フルード数が同じだと、船の大きさが違っても船のまわりにできる波は相似となり、造波抵抗係数(=抵抗/{1/2ρSV2}: ρは水の密度、Sは代表面積)は同じになります。またレイノルズ数が同じだと、物体表面近くの粘性に起因する渦が同じとなり、摩擦抵抗係数は同じ値になります。

 しかし模型では、フルード数とレイノルズ数の両方を、実船の値と同じにすることができません。すなわち、大きさが異なると造波抵抗と摩擦抵抗の比率が違って、模型船が小さいほど摩擦抵抗の比率が増すという現象が現われるのです。これを船舶の抵抗の世界では「尺度影響」と呼んでいます。

 この違いに気がついたウィリアム・フルードは、模型によって測って求めた抵抗係数をそのまま使うのではなく、造波抵抗成分と摩擦抵抗成分に分けて、それぞれを実船の値に換算してから再び足し合わせて、実船の抵抗値を推定するという巧妙な手法を編み出しましたが、それについては次回に説明します。



高速のRORO船では、船体の抵抗に占める造波抵抗の割合が大きくなります。
(注: RORO船とは、岸壁との間を可動式斜路(ランプウェイ)でつないで、車を自走で積み込む船です)


 このように船に働く抵抗を2つの成分に分けて考えることで、経験と勘に頼ってきた船型開発は、科学的思考に基づく技術を応用することが可能となりました。 船の造る波は、水の粘性を無視しても概略計算できることがわかり、船型学はポテンシャル流を扱う流体力学を活用して大きく花開きました。この時に、支配方程式や境界条件は線形化して近似的に扱われるのが普通でした。しかし、実際の造波抵抗を正確に計算することはなかなかできませんでした。これは波が高くなって砕けたりすることによる影響が線形のポテンシャル理論では計算ができないことが理由でした。

 一方、粘性抵抗のうち摩擦抵抗については、長く、平板の摩擦抵抗の値を用いて推定する近似的な方法が用いられてきました。しかし、太った船型の船では、船尾で境界層が厚くなり、船体表面には摩擦抵抗だけでなく粘性に基づく圧力も働くようになり、これを理論的に求めることはできませんでした。



船首で砕けるような波は線形のポテンシャル理論では計算ができず、CFDに期待が集まります。





著者プロフィール
池田 良穂 | 1950年 北海道生まれ
1978年 大阪府立大学大学院博士後期課程単位修得退学
1979年 工学博士の学位取得

大阪府立大学工学部船舶工学科助手、講師、助教授を経て、1995年に同学大学院工学研究科海洋システム工学分野教授。リエゾンオフィス長、工学研究科長・工学部長などを歴任し、2015年定年退職。名誉教授の称号が授与されると共に、21世紀科学研究機構の特認教授として研究活動に従事。今治造船寄付講座、最先端船舶技術研究所、観光産業戦略研究所を担当。2018年に大阪府立大学を離れ、大阪経済法科大学で文系の学生向けに、海運、水産、クルーズ、エネルギーに関する授業を担当すると共に、日本クルーズ&フェリー学会の事務局長として活躍している。

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