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船舶流体力学の世界に魅せられて 第3回:模型試験の活用

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船舶流体力学の世界に魅せられて

3. 模型試験の活用

 船の設計をする段階で、模型試験が行われます。これは船に必要なエンジンの馬力を正確に見積もるためです。試験では、模型船を細長いプールのような試験水槽に浮かべて、水槽を跨ぐように設置された電車で曳航しながら試験をします。

 試験には、プロペラ等の推進器がない状態の模型に働く抵抗を測る抵抗試験と、スクリュープロペラを取り付けて走らせて試験をする自航試験があります。

 抵抗試験では、模型船に働く抵抗を計測します。大型水槽で用いられる模型船は4~8mのものが多く、木またはパラフィン等で作られます。形状は、3次元的に設計された通りに再現されます。



船を設計する時に模型実験によって実船の抵抗・推進性能を調べます
(写真は回流水槽での抵抗試験)


 船に働く抵抗には、水面に波を造ることによる造波抵抗と、水の粘性によって表面を擦ることによる摩擦抵抗があります。前者はフルード数に、後者はレイノルズ数に依存しています。造波抵抗の方が船の形や前進速度に強く関係して推定も難しいので、模型試験ではフルード数を実船と合うように曳航速度を調整します。

 摩擦抵抗については、浸水表面積の等しい平板の摩擦抵抗係数を使って推定をします。この時には模型船のレイノルズ数を計算して、そのレイノルズ数での摩擦抵抗係数を図表や推定式を用いて求めます。この摩擦抵抗の推定値を、抵抗試験で計測された抵抗値から得られた抵抗係数から引くと、模型船の造波抵抗係数が求められます。

 この造波抵抗係数を、実船のレイノルズ数での摩擦抵抗係数に足し合わせると、実船に働く抵抗が求められます。この方法は、1861年にウィリアム・フルードによって考案され、2次元外挿法と呼ばれています。



模型船を曳航して試験をする船舶試験水槽 (オーストラリアのAMC)


 その後、タンカーなどの専用船が現れて、その中には積載容積を増加させるために大変太った船型がでてきました。こうした船では平板の摩擦抵抗係数を用いる方法では粘性抵抗を正しく評価できないことが分かりました。それは船体表面の摩擦によって形成される境界層が船尾で急速に厚くなり、粘性が摩擦だけでなく圧力抵抗にも寄与するようになったのが原因でした。この圧力抵抗は造渦抵抗もしくは粘性圧力抵抗と呼ばれます。この効果を考慮するために形状影響係数という考え方が導入され、摩擦抵抗をその分だけ上乗せする抵抗の解析法が用いられるようになりました。これを3次元外挿法と呼んでいます。

 次に自航試験について説明します。船の推進器であるスクリュープロペラは船尾にあります。それは、摩擦力によってエネルギーを失った遅い流れの領域である境界層が次第に厚くなって、船尾では遅い伴流が形成され、この中でスクリュープロペラが作動させると効率が高くなるためです。

 また、船尾でスクリュープロペラが作動すると、そのまわりの流れが加速されて船体表面に働く摩擦抵抗が増加したり、剥離がなくなったりします。

 こうした船体周りの流れとプロペラ流れの干渉効果を調べるのが、模型船で実際にスクリュープロペラを回して発生する推力とトルクを計測する自航試験です。単独試験と呼ばれる、模型船のない状態におけるプロペラが発生する推力とトルクを測っておき、それと自航時の計測結果とを比較すると推進力に及ぼす伴流の影響がわかります。また、自航速度に対応する速度での抵抗試験の結果と、プロペラが発生する推力の計測値を比べると後者の方が一般的に小さくなります。これを推力減少効果と呼び、その比から推力減少率を求めます。



プロペラのついた自航模型 (オーストラリアのAMC水槽)


 このように長い年月をかけて、船舶の模型試験法が確立しました。しかし、模型製作費用、水槽の維持管理等には巨額のコストがかかります。また最適な船型の開発には、何隻もの模型船の実験が必要となります。

 現在は、プールのような水槽だけでなく、水を循環させて流れをつくり、その中に模型を固定して抵抗試験、自航試験を行う回流水槽も使われています。

 これをコンピュータ上の数値計算、すなわちCFDで置き換えるのが「数値水槽」と呼ばれるものです。模型試験では、基本的に抵抗や推進力などの力の値しかでませんが、CFDでは圧力分布、流線、波や渦の様子などの詳細が同時に可視化できるのが大きな強みと言えます。





著者プロフィール
池田 良穂 | 1950年 北海道生まれ
1978年 大阪府立大学大学院博士後期課程単位修得退学
1979年 工学博士の学位取得

大阪府立大学工学部船舶工学科助手、講師、助教授を経て、1995年に同学大学院工学研究科海洋システム工学分野教授。リエゾンオフィス長、工学研究科長・工学部長などを歴任し、2015年定年退職。名誉教授の称号が授与されると共に、21世紀科学研究機構の特認教授として研究活動に従事。今治造船寄付講座、最先端船舶技術研究所、観光産業戦略研究所を担当。2018年に大阪府立大学を離れ、大阪経済法科大学で文系の学生向けに、海運、水産、クルーズ、エネルギーに関する授業を担当すると共に、日本クルーズ&フェリー学会の事務局長として活躍している。

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