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船舶流体力学の世界に魅せられて 第4回:造波抵抗を求める

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船舶流体力学の世界に魅せられて

4. 造波抵抗を求める

 水面にできる波は、流体力学の世界で、長くポテンシャル理論を用いて解析がされてきました。まさに応用数学の世界で、波の理論解析が大きく花開いたのです。

 なぜ、粘性によるエネルギー消費を考えないポテンシャル理論で、波を表すことができたのかについては、例えば津波をイメージしてもらうとわかり易いでしょう。南米で発生した地震による津波は、ジェット機なみの速いスピードで太平洋をわたって日本の三陸海岸を襲います。すなわち、太平洋であまり減衰することなくやってくるのです。このことは、波は海岸付近で崩れてエネルギーを失うまでは、あまり減衰しないことを示しており、ポテンシャル理論がかなり有効なことを示しています。このように特に水深の深いところを進む波には粘性の影響があまりないため、波は長い間ポテンシャル理論によって計算されてきました。

 海面の波は、嵐の中で風によっておこり、また船などの物体が水面を移動するとおこります。前者の風による波も船舶流体力学の重要な分野なのですが、ここでは、水面を動く物体の造る波について説明します。

 水面を物体が移動する時に発生する波を、最初に数学的に明らかにしたのがイギリスのケルビン卿(本名はW.Thomson:、論文名はOn ship waves (1887))で、以来、移動する物体が作る波をケルビン波と呼んでいます。ただ、ケルビン卿は、波についてたくさんの研究を行っており、地球上でおこる様々な波にケルビン波という名称が使われていますが、ここでのケルビン波は、移動する物体が造る波に限定することにします。

 ケルビン波は、下図に示すように物体の進行方向に斜めに進む八の字状の波と、物体の後方に進む円環状の波から構成されており、その波は物体から斜め後ろに広がる約38°の扇形の内部に留まります。2つの成分波のうち、八の字波は、物体の進行方向に対して斜め前に進行し、拡散波または発散波と呼ばれています。また船の後方に伝わる円環状の波は横波と呼ばれています。ただし、ここまでの説明は、物体が小さくて点とみなしてもよいような場合のものです。




水面を物体が移動する時に水面に発生するケルビン波系です。
斜め前に進む拡散波(八の字波)と、後方にできる横波からなります。


 船のように前後に長い物体では、船の各部、特に船体断面積が急激に変化する部分から発生して、それらの波が合成された複雑な波系を構成します。特に顕著な波は、船首、船首部と船体中央平行部の繋ぎ部分(船首肩部)、船体中央平行部と船尾部の繋ぎ部分(船尾肩部)、そして船尾で起こります。

 波が起こる原因は、水から受ける船体表面に働く圧力です。特に船首には流れが当たって高い圧力が働き、水面を盛り上げます。また、肩部では船体周りの流れが速くなって圧力が下がり水面を凹ませます。こうして船体各部で水面が攪乱されて波が起こされ、それらが干渉し合います。その結果、船の造波抵抗係数をフルード数(速度/)を横軸にして描くと、波打ちながら上昇します。波の山をハンプ、波の谷をホローと呼び、船の航海速力を決める時にはホローの位置にくるようにすると燃料消費を抑えることができます。



大型船が発生するケルビン波は複雑で、船首と船尾の両方から
八の字状の波が発生しているのがわかります。


 この干渉効果を積極的に使って造波抵抗を減らすのが球状船首(バルバスバウ)と呼ばれる、船首先端の水面下にとりつけた球状の突起物です。船首部で造られる波と逆位相の波を、船首より前の突起物で起こして、船全体で発生する波を減少させるというアイディアです。古くから球状船首は付けられていましたが、1960年代になって乾東大教授が理論的な設計法を開発し、それを関西汽船の「くれない丸」に取り付けて、同型姉妹船と一緒に走らせて造波抵抗低減効果を実証しました。この船は、今も現役で、「ロイヤル・ウイング」という船名で横浜港のレストラン船として活躍しています。まさに、船舶流体力学の進化を実証した記念碑ともいえる船です。この球状船首は、日本郵船の高速貨物船「山城丸」に採用され、在来船よりエンジン馬力を30%余り減らすことに成功しています。

 このようにポテンシャル理論に基づく流体力学の応用として、船舶の造波抵抗は様々な成果を挙げたのですが、その理論計算結果と実験値には明瞭な差がありました。その原因の1つが非線形性であり、粘性の影響でした。船首で発生する波が高くなると波面が崩れて渦を造り、粘性によって熱エネルギーに変換されます。これを砕波抵抗と呼びます。これを正確に解析するためにはナビエ・ストークス方程式に基づくCFDを利用するしかありません。また、高速になると船首でスプレー(飛沫)が発生します。これによる抵抗を飛沫抵抗と呼びますが、これの理論的アプローチも難しく、ここにもCFDの利用が期待されています。



ソフトウェアクレイドルのCFDソフトscFLOWによる計算
CFDを使うと波を造る船首や、船首と船体平行部の繋ぎ部分(肩部)の圧力分布がわかり、船型改良が容易になります。上の鈍頭船首の船では、船首で水面が大きく盛り上がり、船首船体に高い圧力が働いていますが、下のように球状船首をつけると波の盛り上がりがなくなり、圧力が低下していることが分かります。また右の側面図から、船が造る波がほとんど消えていることが確認できます。こうしてCFDで最適な船首形状を求めることができます。



今治造船で建造中の2万個積コンテナ船の巨大な球状船首です。
球状船首は主船体の形状、喫水、スピードによって最適形状が変化し、
造船所によっても形状は様々です。



1961年に行われた球状船首の実船実験で使われた関西汽船の「くれない丸」は、
今も、横浜港でレストラン船「ロイヤル・ウイング」として活躍しています。



船首で崩れる波は、従来のポテンシャル理論では計算できず、
CFDの活用が必要となります。






著者プロフィール
池田 良穂 | 1950年 北海道生まれ
1978年 大阪府立大学大学院博士後期課程単位修得退学
1979年 工学博士の学位取得

大阪府立大学工学部船舶工学科助手、講師、助教授を経て、1995年に同学大学院工学研究科海洋システム工学分野教授。リエゾンオフィス長、工学研究科長・工学部長などを歴任し、2015年定年退職。名誉教授の称号が授与されると共に、21世紀科学研究機構の特認教授として研究活動に従事。今治造船寄付講座、最先端船舶技術研究所、観光産業戦略研究所を担当。2018年に大阪府立大学を離れ、大阪経済法科大学で文系の学生向けに、海運、水産、クルーズ、エネルギーに関する授業を担当すると共に、日本クルーズ&フェリー学会の事務局長として活躍している。

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