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建築デザイナー必見!ビル風コラム 第5回:「風洞実験とCFD解析」:シミュレーションツールとしての違い

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建築デザイナー必見!ビル風コラム

5.1 風工学におけるシミュレーション手法

 建築分野において、90年代後半、それまでビル風や構造物の風揺れなど風工学に関わる様々な問題、特に実務における問題を解決する手段としてのシミュレーションは、風洞実験が大きく先行してきました。一方CFD解析の研究も進められていましたが、実務で必要なレベルとなると、その解析負荷の高さから一般的にはほとんど有効利用されていませんでした。しかし、その後のコンピューター技術の急速な発展に伴い、実務においてもCFD解析を有効に利用できる場面が増えつつあります。そして、これからはどんどん風洞実験はCFD解析に置き換わっていくと言われています。

 風洞実験はその役目を終えて徐々に利用されなくなっていくのか?もうすでに風洞実験は必要ないと主張される方もいます。二つのシミュレーション手法である「風洞実験」と「CFD解析」について、ここでは市街地に高層ビルが建設される際に行われる実務レベルのビル風シミュレーションを題材として、その特性を比較してみます。

5.2 風洞実験とCFD解析の特性比較

【構成の比較】
 風洞実験装置は「送風部(風を送り出す)」「整流部(乱れの少ない一様流を生成する)」「乱流部(乱流を発生させると共に風速勾配を調整する)」「測定部(風速や風圧を計測する)」を有します。風洞実験の構成を図1~2に示します。

 送風機から送り出される風は旋回しているので、一度拡散してから整流メッシュを通し縮流させることで乱れの少ない一様流とします。次にバリヤー・スパイヤー・ボルテックスジェネレーターやラフネスブロックなど組み合わせることで乱れを発生させ、風速勾配を調整し、自然風を模擬した乱流境界層を生成します。風洞気流中に数百分の一の縮尺模型を設置し、任意箇所の風速をセンサーで計測します。実務レベルでは無指向性多点風速計を使って平均風速を計測します。実験模型は一定範囲の市街地形状を含めて再現しますので、最低でも直径1~2m程度のターンテーブルが必要となり、測定部の断面寸法は2m×2m程度以上のものが一般的です。風速は最大20~30m/sで設計されているものが多く、風洞実験装置全体としてはかなり大掛かりなものとなっています。このような風洞は乱流境界層風洞とも呼ばれます。


風洞実験の主な構成例
図1 風洞実験の主な構成例


風洞実験模型例
図2 風洞実験模型例


 一方、CFD解析はプログラムとコンピューター1台のみの構成でも成立します。実務レベルではレイノルズ平均モデル(RANS)が前提となります。仮想空間の境界面に自然風の出入りを設定できるため、再現するのは風洞実験の測定部を切り取ったような空間だけでよく、縮尺率の制約も受けないため、シミュレーション設定の自由度は高いです。CFD解析の構成を図3~4に示します。


CFD解析の主な構成例
図3 CFD解析の主な構成例


CFD解析モデル例
図4 CFD解析モデル例

 STREAMは並列計算に対応した高性能なHPC版もあるので、CPUとメモリーを増やすだけで、解析速度と解析規模を容易にアップすることも可能です。

【期間と作業コスト比較】

両者の大まかな作業手順を示します。


CFD解析モデル例


 風洞実験はまず市街地の模型を製作しますが、専門業者に依頼すると期間は通常1ヵ月ほど、費用は数百万円以上かかります(費用は弊社独自調査によるもので専門業者により異なる)。センサーのセッティングは測定点数に応じて手間は増え、仮に測定点数100箇所の場合、数時間から半日程度かかります。実験時間は16風向の場合、30~60分間程度かかります。データ出力は実験時にリアルタイムで行えます。

 CFD解析もまず市街地のモデルデータを製作しますが、弊社製作の場合、期間は1週間ほど、費用は航空測量データ購入費と人件費の合計で数十万円程度かかります。解析条件の設定は自動で行えるのでほとんど手間がかかりません。解析時間は使用するPCや解析メッシュ数により異なりますが、INTEL Core i7-5960X搭載PC1台を使用し、2000万メッシュで16風向の場合、60~70時間程度かかります。データ出力は30~60分間程度かかります。

 両者を比較すると、風洞実験は実験前の準備までに長い時間と高い費用がかかりますが、実験とデータ出力は短時間で済みます。それに対してCFD解析は解析前の準備までは比較的短い時間と低い費用で済みますが、解析とデータ出力は比較的長い時間が掛かります。

【導入コストの比較】

 風洞実験の場合、初期導入コストは実験装置だけでも数千万円から1億円程度はかかるようです。その他に装置を設置するための大きなスペースも高いコストとなります。一方CFD解析の場合、レンタルプランもあるため年間辺り数百万円からスタートでき、ノートPCでも解析できるので特別なスペースも必要ありません。

【出力データの比較】

 シミュレーションにとって最も重要な結果の精度についてですが、ピンポイントの絶対精度で比較した場合、CFD解析よりも風洞実験のほうが高いと考えます。ただし、風洞実験ではピンポイントのデータしか得られないことに対して、CFD解析は空間全体のデータを得ることが出来ます。空間精度という面ではCFDのほうが優位で、これは大変なメリットとなります。

 以下に風洞実験とCFD解析の結果出力の比較例を紹介します。図5は秋葉原駅前の歩行者レベルにおける年間あたりの強風発生頻度を示したものです。左図が風洞実験の結果イメージ、右図がCFD解析の結果です。 


出力データの比較例
図5 出力データの比較例


 風洞実験は任意箇所のピンポイントデータですので、空間全体を局所まで正確に捉えることは困難です。計測点数が十分ではない場合、計測位置の設定によっては問題となるような状況を見過ごしてしまう危険性もあります。上図の例でも風洞実験とCFD解析の結果を見比べてみると、かなり印象が異なると思います。一方CFD解析は空間全体を局所まで状況を捉えることができ、問題箇所を浮き彫りにすることが可能です。

5.3 まとめ

 二つのシミュレーション手法である「風洞実験」と「CFD解析」について、実務レベルで行われるビル風シミュレーションを題材として、その特性を比較した。

 風洞実験は初期導入コストが高く、ひとつひとつの実験の準備段階でも長時間・高コストというデメリットはあるが、実験は短期間で済み、ピンポイントの精度が高いというメリットがある。

 一方CFD解析は風洞実験に比べるとピンポイントの精度が劣り、解析も長時間というデメリットはあるが、初期導入コストが低く、ひとつひとつの解析の準備作業が短時間・低コストというメリットがある。

 「風洞実験」と「CFD解析」では特性が大きく異なりますので、その特性を十分に理解し、目的に応じて使い分けたり、相互補完したりするのが正解であると思います。

【今後の展望】

 90年代後半以降、コンピューター技術の急速な発展により、CFD解析も急速に性能向上を果たし、風洞実験に対しても優位性を現してきましたが、現在、一つのCPUの性能向上は完全に頭打ちとなっており(ワットパフォーマンスは今でも向上しています)、今後のCFD解析の性能向上に寄与するのは複数のCPUを効率的に利用する並列計算技術です。並列計算によるCFD解析をより多くの人たちが利用できる環境が整っていけば、時間とコストの問題は自然に改善されていくでしょう。

 現在でもCFD解析は時間もしくはコストを掛けさえすれば風洞実験並みにピンポイントの精度も上げることが出来ますし、逆に大まかな状況でいいので早く結果を確認したい場合、思い切ってメッシュを間引いて解析速度を上げたり、途中で解析範囲を拡大したり縮小したりするような変更にも容易に対応できます。シミュレーションツールとして柔軟性が非常に高く、クラウド利用の普及やスマホとの連携機能などが充実すればあらゆる場面で利用されていくと思います。

 Q:風洞実験は優位性を失い、CFD解析が風洞実験を淘汰していくのか・・・?
 A:いいえ。個人的にはCFD解析の普及が風洞実験をますます発展させると考えています。

 よく言われる風洞実験のボトルネックは模型製作コストです。どうしてもここで時間も費用も掛かってしまいます。そこを改善することができれば、風洞実験をもう少し身近なものにできると考えていました。そこに、この問題を解決できる技術が登場しました。昨今注目を浴びている3Dプリンターです。正確には昔からある技術ですが最近になって急速に一般化されてきました。弊社でも10年ほど前から風洞実験模型製作に利用しています。

 3Dプリンターはモデルの3次元データさえあれば、自動で造形されますので、模型製作の手間は大幅に改善されます。STREAMの解析モデルも僅かな追加処理で簡単に風洞実験模型として出力することができます。


出力データの比較例
図6 3Dデータの製作&出力フロー

 また、風洞実験の弱点であった空間精度を補うために、風洞実験の前に予めCFD解析を行っておけばセンサーを設置すべき箇所を特定できますし、CFD解析の結果を風洞実験の空間補間値として利用すれば、センサーの数をやたらに増やす必要はありません。

 CFD解析の普及は風洞実験の低コスト化やスピードアップ、省力化、精度向上にもつながり、結果的にますます発展すると考えます。

 なお、本コラムでは一般的な実務レベルのビル風シミュレーションを想定していますので、風洞実験もCFD解析も平均風速を対象として説明しましたが、瞬間風速を対象とすれば話はだいぶ変わってきます。瞬間風速を対象にした場合ついてはあらためて今後のコラムでも説明していきたいと思います。





著者プロフィール
松山 哲雄 | 1973年1月 新潟県生まれ
⽇本⼤学⽣産⼯学部 建築⼯学科 耐⾵⼯学専攻

1998 年に熊⾕組⼊社。技術研究所にて、⾵⼯学の基礎研究に従事。超⾼層建物の空⼒振動シミュレーション技術の開発やCFD 解析による⾵環境評価技術の普及展開等を実施。2003 年に独⽴し、WindStyle を設⽴。CFD 解析や⾵洞実験および実測調査を通して、ビル⾵問題を中⼼に⾵⼯学に関わる様々な問題を解決するためのコンサルティングサービスを展開し、現在に⾄る。 

 

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