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アルパイン株式会社 様

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カーナビ設計で設計者による熱流体解析の定着に成功

カーナビやカーオーディオなど、車載機器を専門に開発するアルパイン。同社ではカーナビの筐体の放熱設計において、設計者自身が熱流体解析ツール を活用している。導入後10年を迎え、いまや自動車メーカーとのビジネスの引き合い段階から熱解析を行うなど、身近なツールとして定着した。この状況にたどり着くまでに、同社ではどのような取り組みを進めてきたのか。詳細について担当者に話を聞いた。



図1 アルパインの8インチ画面の車種専用
AV一体型カーナビ「ビッグX(VIE-X088)」


 アルパインは本社を東京都品川区、開発拠点を福島県いわき市に置き、車載音響機器や車載情報通信機器など、車載専用機器を開発する企業である。海外にも販売、生産、開発拠点を置き、グローバルに企業展開をしている。また自動車メーカー向けの純正品の割合が高いことも特徴だ。同社の提供するカーオーディオは、音質にこだわるユーザーに評判が高い。一方カーナビについても、2010年の発売当時最大である8インチの画面サイズのAV一体型カーナビ「ビッグX(VIE-X088)」(図1)や「VIE-X08S」が好調な売れ行きを示すなど、高い評価を得ている。

熱流体解析ツールの導入は2001年

 カーナビの筐体設計を行う同社機構製品開発部では、2001年にソフトウェアクレイドル社製の熱流体解析ツール「熱設計PAC」を導入した。熱解析ツールを導入した理由は、車載機器に要求される動作保証温度の高さにある。車載機器は家庭用の電子機器製品と違って、直射日光にさらされるなど厳しい環境に置かれる。動作保証温度は家電よりも数十℃高く、熱解析ツールの導入は必然だったという。はじめから設計者による熱流体解析ツールの使用を想定していた同部では、操作のしやすさやGUIの見やすさなどのメリットから、熱設計PACを導入することにした。

 熱流体解析ツールの設計者展開を本格的に開始したのは、2004年ごろからだ。放熱設計を担当する機構製品開発部の岩崎真知子氏が設計者展開に一貫して取り組んできたという。



アルパイン 機構製品開発部 岩崎真知子氏


 教育システムについては、2005年ごろ、集合教育プログラムの立ち上げを開始。ソフトウェアクレイドルと共同で、アルパイン専用のテキストを作るための準備を始めた。プログラムを作成する際に、岩崎氏はいくつかの目標を立てた。それは、実践的ですぐ設計現場で使える内容であること、またすぐ忘れるような内容ではなく設計者の身につき、その設計思想を土台に設計業務をこなすことで継続してスキルアップできる内容にすることだった。そのため、講義はよくある外部の講師が来て一般的な操作方法や情報を伝える形ではなく、アルパインの製品をモデルケースとして使い、同社に必要な情報を提供するようにした。また熱流体の基礎を理解したうえで解析ツールを使いこなせるよう、理論からしっかりテキストに盛り込んだ。ソフトウェアクレイドルのエンジニアの協力を得て、何度も打ち合わせを繰り返しながらテキストと講習内容を完成させたという。内容は、熱流体の基礎知識、解析理論、解析の準備や結果の表示など操作手順、そしてアルパインの放熱設計の考え方といったものだ。講習後たとえ操作方法を忘れても大丈夫なように、テキストはしっかりと作り込んだという。

 集合教育プログラムは、1回につき最大8人が3日間、ツールを操作しながら講習を受けるという形で行った。最終日には実際の製品の熱問題を題材とした修了試験を出題し、解答納期を一週間後に設定。この間受講者に実務を想定したトライアンドエラーを経験してもらうことで、教育内容の定着を図った。これを年に2回程度のペースで実施。現在、機構製品開発部で熱設計に関わる社員のほぼ100%が講習を受けて実務で活用している。関連会社のメンバーも、このプログ ラムを受講しに来たという。2008年には中国の技術拠点の解析専任者も講習を受け、テキストを翻訳して現地で熱設計PACの設計者展開を行った。

 プログラムの内容は毎回ブラッシュアップしていった。プログラムが1回終わるたびに、項目ごとに5段階評価などのアンケートを実施。初回は平均が3.6点だったが、一番最近のものでは4.7点にまで上がった。「ソフトウェアクレイドルさんにアドバイスをもらいながらこのプログラムを作り込んでいく過程で、アルパインとしての熱設計思想の基礎部分が確立されていきました」(岩崎氏)。

解析ツールを簡単に使える環境を整備

 解析ツールを使用する環境についてもさまざまな取り組みを行った。具体的には、解析作業がしやすいように専用のインタフェースを用意したこと。また解析結果や製品の温度などの実測値、報告書などを蓄積するデータベースの仕組みを整えたこと。さらに解析専任者でなくてもすぐ理解できるような解析結果の表示システムを用意したこと。また電気回路設計と機構設計との解析データのやり取りがスムーズにいく仕組みを作ったことだ。

 インタフェースおよびデータベースについては、電通国際情報サービスのWebをインタフェースとしたCAE統合ツール「CAE-ONE」を利用している。 計算部分は、熱設計PACの上位版である「STREAM」の並列計算(HPC)版をLinuxのクラスタサーバーで運用しているため、Windows版のようなGUIがなく、使いやすいインタフェースが必要だった。 そのためWebベースのインタフェースを持つCAE-ONEを導入。解析者が解析に必要なデータファイルを同ツールに登録すれば、並列計算システムに送られる。計算が終われば結果が同ツールに格納されるとともに、解析実行者にメールが届くようになっている。CAE-ONEはデータベースの機能も持っており、熱流体解析の結果だけでなく、同部で実施している各種解析に関するデータも蓄積している。また解析結果だけでなく製品の様々な実測データ、そして解析結果の報告書も管理している。

解析結果を見やすく表示

 解析結果の閲覧についても分かりやすく表示させるようにしている。結果はそのままでは数字の羅列のため、解析専任ではない設計者が情報を引き出そうとするのはなかなか難しい。アルパインではExcelマクロを利用して、解析結果の収束性やファンモーターの動作点、各部品の温度、熱流量などといった数値やグラフをボタン一つで表示できるようにした。

 電気回路設計とのデータのやり取りについては、情報共有ミスが多く発生しがちなため、慎重に行なわなければならない。アルパインでは、電気設計側から機構設計側へ電気CADの中間データであるIDFファイルとCSV形式の熱解析条件を受け渡すことになっている。その時にこれらのデータをExcelで読み込み、自動で内容がチェックされた上で機構設計側に受け渡される仕組みになっている。熱設計PACがCSV形式でデータを読み込めるため、やり取りがしやすいという。

解析ツール開発者との意見交換の機会を設けたバージョンアップ新機能説明会を実施

 熱設計PACがバージョンアップした際は、まず岩崎氏が精度を検証し、新機能についても同部での解析に適用できるか確認。これらを基に同部での解析ツール使用のルールを更新し、システムの修正を行い、テキストを作る。この際にもソフトウェアクレイドルと協力しながら進める。現在のバージョンで目玉となったのは「マルチブロック機能 」。メッシュを必要な部分だけ密にできて、メッシュ数を低減できるだけでなく計算収束性も改善され、アルパインではこれを運用に落とし込むことで解析時間を従来の約40%に短縮することができた。熱設計PACは約2年に一度バージョンアップがされ、その度に新機能が豊富に追加されている。

 バージョンアップの際にも熱設計PACを使用した講習が行われ、設計チームの代表者が集まって実施。講習後にはソフトウェアクレイドル側との意見交換会の場も設けている。「設計者にとってもソフトの開発者と接する貴重な機会となり、解析ツールへの理解を深め、より効果的に活用するのにプラスとなっています。解析ツールの開発元が国内にあるというメリットはこういう点でも大きいです」(岩崎氏)という。

解析精度向上の取り組みとライブラリデータの充実化

 解析ツールを展開する立場の人間にとって、解析精度の改善は宿命的なテーマの一つである。アルパインでは、物性データなど解析に必要なインプット 情報を独自に調査、整備して設計者に展開している。特にファンモーターの特性は精度に大きく影響するファクターで、アルパインではツクバリカセイキ製の微少風量測定システムを導入して特性をライブラリ化している。測定器導入によって、使用状況によって異なるファンモーターの特性を的確に 把握している(図2)。アルパインでは正確なインプット情報をすぐに引き出せる環境を作り上げることで、ユーザーである設計者の信頼を獲得し幅広く展開ができているということだ。



図2 VIE-X08Sの背面 ファンモーターに保護ガードがついている


熱問題発生件数の低減に貢献/コストダウンに効果を発揮

 こうした取り組みの結果、熱流体解析は同部にしっかりと定着している。すべての製品に適用していることはもちろん、取引相手との引き合いの段階から使用しているという。顧客は熱とファンの騒音を真っ先に気にするからとのことだ。熱についてはカーナビの周辺に引きまわすワイヤーハーネスの耐熱温度の制限などがある。そのため顧客の提示する温度の範囲内に収められるかどうかをまず熱解析ツールで検討するのだという。また引き合い段階から使用しているため、量産手前になって手戻りが発生したりといった大きな問題が無いのはもちろんのこと、要求性能を満足させるために設計初期段階で大胆な構造変更を行うこともあるという。

 同部での解析回数は1年あたり約2000件とかなりの数に上っている。とくにいくつかのパラメータを自動で変化させて解析を繰り返し、最適な形状を求める「パラメータ設計(最適設計)」を始めてから、回数が増えたとのことだ。サイバネットシステムの最適化ソリューションツール「Optimus」を使用してCAD形状変更から解析結果処理まで一連の動作を自動化しているため、解析回数は増えていても解析作業工数は最小限に抑えられている。なお自動化処理には熱設計PACのマクロ機能が大いに役立っているという。

 パラメータ設計では性能最適化に加え、材料費の削減といった効果も得られている。車載機器では近年とくに軽量化が求められている。ヒートシンクはアルミの塊のため、削減の対象になりやすく、またパラメータ設計との相性もよいことから頻繁に活用しているという。パラメータ設計によって、初期形状に対し平均10~20%の軽量化と材料費の削減効果を創出している。またファンモーターについても、筐体の通風抵抗を調整しファンモーターの動作点を最適化した結果、従来品の2つついていたものを1つに減らした例がある。これはコスト面で大きな効果があったという。

手間は減らし、設計検討にあてる時間を増やしていきたい

 今後の目標としては、解析準備の工数を大幅に短縮したいという。解析後の作業についてはすでにある程度、設計者に分かりやすい形を整えているため、その延長のような形で解析前の準備についても簡単にしたいということだ。また従来は解析専用コンピュータで熱設計PACを使用していたが、設計者専用コンピュータもパフォーマンスが上がっていることから、ライセンス形態をノードロックからフローティングへ変更することも検討している。

 これらは設計者により手軽に解析を行ってもらうようにするためだ。近年とくに設計者が忙しくなっており、熱設計PACを使ってじっくり放熱構造を検討したり、実測値と解析結果をつき合わせて分析する時間が取りにくくなっている。そのため岩崎氏が部内で担当している受託解析依頼も増えているとのことだ。設計者の環境が時代の流れで変化すること はある程度仕方がないため、ツールの使用環境をさらに進化させることによって作業時間を減らし、より設計者自身が熱設計について考える時間を取れるように したいという。これは今までの取り組みについても一貫した目標だが、単に解析作業を単純/自動化して楽に解析できるシステムを目指すのではなく、複雑なアッセンブリ解析に対して効率よくポイントを押さえられる解析手法を構築することで、設計アイデアを創出しやすい環境を目指すということだ。

 また新しい解析機能も使い始めている。熱設計PACの上位機能を持つSTREAMで粒子(塵埃)解析や結露解析などを実行している。STREAMを設計者展開するかは未定だが、熱設計PACでも実施可能な設計配慮方法は教育に盛り込んでいこうと考えているということだ。

 アルパインの例では教育プログラムをしっかり作り込み、忙しい設計者でも正確且つ効率的にツールを使えるような環境を構築することで、現場へ完全に熱流体解析ツールを定着させることができた。これから導入を検討している企業や、導入後の定着に頭を悩ませている企業には参考になるだろう。



アルパイン株式会社

  • 設立:1967年5月10日
  • 事業内容:車載音響機器事業、車載情報通信機器事業
  • 代表者:代表取締役社長 宇佐美 徹
  • 東京本社:東京都品川区
  • 資本金 :259億2,059万円

※STREAMは、日本における株式会社ソフトウェアクレイドルの登録商標です。
※その他、本インタビュー記事に記載されている会社名、製品・サービス名は、各社の商標または登録商標です。
※本インタビュー記事の内容は2013年1月現在のもので、予告なしに変更する場合があります。また、誤植または図、写真の誤りについて弊社は一切の責任を負いません。

 
 

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