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テキサスA&M大学 様

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テキサスA&M大学 様 インタビュー

超弾性形状記憶合金コブフィラーを有する
航空機前縁スラットの流体構造連成解析

テキサスA&M大学の研究者たちは、超弾性形状記憶合金で作られた航空機の翼前縁に設置されるスラットコブフィラー(SCF)が展開されたときの騒音低減効果を検証するため、流体解析(CFD)と流体構造連成(FSI)の解析を実施した。この解析ではフィラーが圧縮され計算要素がつぶれることにより体積がゼロになるという課題があり、CFDソフトウェアには複雑なメッシュ変形、非線形性材料特性を含むFSI解析を行うための機能が求められる。高精度の解析を実現した取り組みを聞いた。

空港周辺の航空機騒音の低減

 テキサスA&M大学では、高度な数値解析技術を利用して、航空機の機体から発生する騒音の低減方法を研究している。

 空港周辺の大きな騒音は人の健康被害の原因にもなる。元々空港は都市中心から遠く離れた地域にあったが、一方で都市の広がりは、空港を中心として大きく発展した。加えて旅客需要の増加は航空便の増加を意味し、航空機騒音の増大が健康被害、地域社会を含む環境全体に悪影響をもたらすものとして懸念されている。



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写真1 M2AESTRO 研究チーム


 テキサスA&M大学航空宇宙工学科准教授のダレン・ハートル博士は、航空宇宙向けの新しい構造や材料の開発を主とした多機能材料および航空宇宙構造最適化(M2AESTRO)研究チームを率いている(写真1)。チームは2名のポスドク(博士研究員)、7名の大学院生、12名の学部生から構成され、アメリカ国立科学財団の研究生でもある博士課程の大学院生ウィリアム・ショルテン氏は、学部生の時からこのSCFの研究を行っている。


 ハートル博士は彼が率いるチームのプロジェクトの背景についてこう語った。「航空機の騒音は機体と翼を通過する空気の流れによって発生する流体騒音が主な原因です。伝統的に、機体は巡航状態(高速かつ高高度)で効率が良くなるように設計されていて、結果的にその状態の騒音は低くなります。前縁スラットのような翼先端のデバイスは、巡航中は主翼の表面と同一の平面にあり、安定した水平飛行を維持するのに十分な揚力を発生し、騒音も大幅に低減します。しかし、航空機が着陸態勢(空港周辺での低速、低高度の状態)では、スラットは失速特性を向上させるために、より大きな揚力を生む状態に設置されます。そして、この状態ではスラットに不規則な流れが生じ、機体の騒音になるのです」。ハートル博士は、着陸態勢時にスラット・コブ内部に発生する渦領域が、前縁スラットの騒音に大きな影響を与えると指摘する(図1a)。

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図1 前縁スラット近傍の流れ


大変形でも回復可能な非弾性変形と移動変形する空力機構

 スラット後方の窪みをスラット・コブ・フィラー(SCF)で満たし、空気の流れを制御する方法は、翼先端から発生する騒音低減に対して効果が高い解決策である(図1b)。SCFには大きく2つの状態があり、1つは展開されている状態、もう1つは格納されている状態だ(図2)。


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図2 前縁スラット


 スラットが展開されている状態では、SCFは空力的な負荷に対して形状を維持しつつ、空気の流れを修正している。巡航中のスラットが格納されている状態では、SCFは一般的な航空宇宙材料(アルミニウム、鉄、チタン)が降伏せずに形状を維持できるものをはるかに超える大きな変形を受ける。

 このような大きな変形と風圧に対する剛性、スラットの引き込み(動作力の低減)を実現するため、アメリカ航空宇宙局(NASA)のエンジニアはSCFの設計に超弾性形状記憶合金(SMA)の使用を検討した。SMAは、外部からの刺激によって固体でありながら形状変更が可能な特殊なタイプの活物質であり、大きな変形に対しても、回復可能な非弾性変形を実現することができる。

 ハートル博士は、この変形構造について以下のように分析している。「この薄いモーフィング空力構造が周囲の流れ場に与える効果によって、SCF構造(形状)にも影響を及ぼすことが考えられます」 。

 M2AESTRO研究チームの研究目的は、数値流体解析(CFD)と流体構造連成(FSI)解析、および風洞実験を活用し、実際に空気が流れている状態で、SMAタイプのSCFがどのような挙動を示すのかを理解するとともに、翼全体の性能にどう影響するかを解明することだ。この研究はアメリカ国立科学財団(NSF)とNASAラングレー研究所から資金提供を受けているという。

CFDとFSIで多様な飛行状態でのSCF効果の分析・評価が可能

 空力解析とSCFの構造解析の双方向FSI解析を行うことにより、風圧がかかった場合のSCFの変形とともに、その変形が空気の流れ場にどのように影響するかを同時に明らかにすることができた。

 しかし、M2AESTRO研究チームがSMAを使ったSCFの高精度なFSI解析を行うためには、非線形性を含む非常に複雑な変形(平行移動と回転、接触、体積の減少など)を扱うことができるCFDソフトウェアが必要だった。

 ハートル博士は計算用メッシュの課題について、次のように説明する。「スラットが格納されている状態では、スラットは主翼と接触しているため、SCFには非常に大きな変形(圧縮)が生じ、スラットが展開されている状態との体積的な差が非常に大きくなります。さらにSCFは回転移動をする剛体であるスラット本体と連動して動きます。このSCFの複雑な変形は、CFDモデルに体積の無い要素ができてしまうことに直結します」。

 つまり、このスラットおよびSCFのCFD解析は、複雑な変形と流体要素の消滅を扱なければ実現し得ないことなのだ。

スラットの移動変形に対応可能なSCRYU/Tetraの強力なメッシング機能

M2AESTRO研究チームがFSI解析で利用するCFDソフトウェアを選定するための条件は、非線形性を考慮したSCFの複雑な変形を処理する能力があることだったという。SCRYU/Tetraの重合格子機能は移動変形可能な従属領域を固定された全体領域にオーバーラップさせたものだ。そのメッシュはスラットの大きな変形と回転移動に対応できる。


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図3 重合格子機能


 今回の検証で研究チームは、スラットとSCFを従属領域に、風洞領域と主翼を全体領域に作成している(図3)。

 FSI解析のためのSCRYU/Tetraと構造解析ソフトウェア(Abaqus)との接続は、SCRYU/Tetra側にダイレクトインターフェースがあるため、Abaqusの連成エンジンと簡単に接続できる。SCRYU/Tetraを選んだもう1つの大きな理由は、この機能だったという。流体と構造の計算は弱連成解析によって行うことができ、SMA連成モデルの解析を実現した。

SCFの格納と展開を考慮した初めてのFSI解析

 BoeingとNASAの共同研究モデル(CRM)として知られている高揚力翼の2次元断面のCFDモデルをもとに、スラット展開時の複数の迎角におけるSCF有無によるモデルが作成された。境界条件としては、解析領域の床と天井、翼表面は壁面とし、出口は静圧ゼロの圧力境界、入口には一様流の速度が定義されている(図4)。CFD解析は、流入条件を一定とし、迎角や翼構成が異なる各モデルについて、揚力、抗力、表面圧力がどのように変化するかが検討されている。

 

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図4 ボーイング-NASA共同研究モデルの2次元CFDモデル

 SCRYU/Tetraの重合格子機能とAbaqusのダイレクトインターフェース機能を用いてSMAベースのSCFを持つ共同研究モデルのFSI解析が行われた。特に注目すべきポイントは、1) 完全に展開されている状態、2) スラットの格納と展開の2つの負荷状態におけるSCFの挙動で、どちらの負荷状態においても、初期のCFD解析を行い流れの初期化が行われた。またFSI解析からは、SCFが完全に展開されている状態でも形状を維持できる(つまり騒音低減の可能性がある)ことが示され、SCF自体もスラットの格納、展開に追随し独立的に展開できることを証明できた。

 スラットが格納されSCFが大きな変形(流体領域の変形)を受けているFSI解析の初期状態では、SCF内の流体要素のメッシュが実質的に消滅するか、またはサイズが限りなくゼロに近くなる。この状態はCFD解析に大きな問題を引き起こす可能性があるが、研究チームがこの問題をどう解決したか、ハートル博士はこう説明する。「この問題の解決策は従属領域の再メッシュ(実質的な流体モデルの局所的再メッシュ)を実施することでした。ある決まったタイミングでスラットのFSI解析を中断し、変形後の形状に合わせてメッシュを再構築します。そして新たなメッシュを使い、以前の結果を初期状態として計算を進めるようにしました」。

 さらに、SCRYU/Tetraのマッピング機能は、これらの操作を非常に簡便にしたという。そして、主翼両端に重合格子を使うことで、スラットの移動を含む翼全体の完全な解析を実現した。

 図5はスラットが格納状態から展開状態になるまでのいくつかの状態におけるFSI解析から得られた流れの速度分布図だ。M2AESTRO研究チームによれば、この移動メッシュ(スラット)と固定メッシュ(主翼)を利用した、移動変形をするSMA構造の初めてのFSI解析だという。

 計算と並行してこの共同研究モデルの実験も行われ、CFDおよびFSIの解析結果は、揚力、抗力および表面圧力などで実験結果と良く一致していたという。つまり、数値計算の基本性能が証明され、今後の活用に期待が持てる結果を得られたということだ。


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図5 FSI解析による格納時と展開時の流速コンター図


 現在、SCFの変形を計測する技術を開発中で、この技術が確立すれば、数値解析結果を検証するためのさらに多くのデータを得ることができるという。

 このようにCFDとFSIを利用することで、複数のSCFモデルを作成し実験を行わなくとも、SCFの評価が可能になっている。そして、複数の数値解析のパターンは、将来実験を行う際の安全な条件を見出す為にも有効であり、その条件が実験で検証される。そして数値解析は実験的に困難な条件でも検討が可能だ。加えて、数値解析は実験と比較して多くのデータを得ることができる。これは実験モデル作成上の制約(費用を含む)と計測上の制限に依るものだ。

検討時間が課題

 CFDは航空宇宙業界では広く利用されているが、一般論としてモデル作成からメッシュ生成、計算実行に至る一連の時間にはまだ課題があるという。結果的にCFDの多くは航空宇宙システムの設計プロセス後半で使われている。

「通常、設計の初期段階では、技術者はパネル法や揚力線理論のような簡便ではあるものの、それほど精度は高くない方法に基づく検討を行います。しかし移動変形機構は航空宇宙の分野でも一般的になってきており、複雑な機構や複合素材の挙動を把握するためには、従来の方法では検討できず、CFD解析が必要になります。さらに、移動変形機構にFSIの解析が必要な場合は、CFDソフトウェアが構造解析のソフトウェアと連成できる機能を持っていなければなりません」と、ハートル博士は説明する。

将来的なCFD利用について

 M2AESTRO研究チームは移動変形機構が流れの中でどのように動作するかを理解するために、引き続き高精度のCFDを利用していく。実験には、変更できる状態や条件にも限りがあるが、CFDではより多くのケースについて検証できるのだという。

 また、CFD解析で得られた表面の圧力分布は複雑な非線形構造が流れの中でどのような挙動を示すかの条件としても利用する予定だ。このようにCFDを活用する場面は無限に広がり、M2AESTRO研究チームは引き続きソフトウェアクレイドルとの連携を希望している。またソフトウェアクレイドルはFSI機能の強化を積極的に進めており、M2AESTRO研究チームが目標を達成するための大きな助けとなるのは間違いないだろう。


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テキサスA&M大学

  • 創立:1876年
  • 大学種別:土地・海洋・宇宙開発研究助成指定
  • 所在地:カレッジステーション、テキサス(アメリカ)
  • 大学職員数:4,900名
  • 学生数:68,825名(2017年秋現在)
  • 卒業生数:15,135名(2017年現在)
  • URL:https://www.tamu.edu/

 

※SCRYU/Tetraは、日本における株式会社ソフトウェアクレイドルの登録商標です。
※その他、本インタビュー記事に記載されている会社名、製品・サービス名は、各社の商標または登録商標です。
※本インタビュー記事の内容は2018年1月現在のもので、予告なしに変更する場合があります。また、誤植または図、写真の誤りについて弊社は一切の責任を負いません。​

  

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