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船舶流体力学の世界に魅せられて 第5回:摩擦抵抗と粘性圧力抵抗

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船舶流体力学の世界に魅せられて

5. 摩擦抵抗と粘性圧力抵抗

 前回は船の造る波による抵抗、すなわち造波抵抗について説明をしましたが、1~3回で説明したように船体は流体の粘性に基づく抵抗も働き、この成分が非常に大きい船もあります。大型のタンカーや鉱石運搬船では、船の長さが300m以上で速力が15ノット以下の船も多く、フルード数は0.15以下になります。こうした低フルード数では造波抵抗は小さく、粘性に基づく抵抗が大部分を占めるようになります。

 粘性抵抗は物体の表面を流体が擦ることで表面に沿って働く摩擦力による摩擦抵抗と、粘性によって生ずる物体表面に垂直に働く圧力による粘性圧力抵抗に分けることができます。いずれの抵抗もレイノルズ数に依存しており、その抵抗係数はレイノルズ数が決まれば一つに決まります。

 ただ船の場合には、前者の摩擦抵抗は船の形によらずに、流体と接している表面積にほぼ比例します。一方、後者の粘性圧力抵抗は物体の形に大きく依存します。

 粘性圧力抵抗は、いわゆる流線型と呼ばれる形状にすると非常に小さくすることができます。では、抵抗がどの程度小さくなるのかを見てみると下図のようになります。これは抵抗の値が全く同じ円柱断面と流線型断面の大きさを比べたものです。



抵抗が同じ流線型と円柱の大きさの違いを示しています。


 両者の比較から、驚くほど大きさが違うことがわかります。この違いが生ずる原因は、物体の背後にできる渦にあります。円柱の場合には流れが剥離をして、物体背後に大きな渦を形成して圧力を減らして、大きな抵抗を発生させるのに対して、流線型では流れが後端まで剥離をせずに物体表面に沿って流れて圧力減少を起こさないのです。この抵抗の原因が渦がであることから、粘性圧力抵抗は造渦抵抗とも呼ばれます。水中を高速で移動する潜水艦は流線型をしていますし、動物でも速いクジラや魚でも流線型をしています。流線型の抵抗が小さい理由は、物体の後部が後方にいくほど穏やかに細くなっていることにあり、この形状が剥離を防いでいます。



呉で展示されている流線型をした元海上自衛隊の潜水艦。
潜ったときの抵抗性能の最小化を図った結果のかたちです。



中央を円柱状にして、頭を丸め、後部を絞った旅客機の形状は、
抵抗が小さい流線型と、輸送用スペースの確保の両方の要求を満たしています。


 究極まで空気抵抗を減らしたいソーラーカーレースでは、流線型をした車体をよく見ますが、人や荷物を積む実用的な輸送機関では、こうした理想的な流線型は使いにくい形状です。なぜなら後端の細い部分には人も荷物も入らず、無駄な空間になるからです。そこで、胴体の真ん中あたりは同じ断面にして、後端だけできるだけ剥離がないように細くする方法がとられます。多くの旅客機の形はまさにそうなっています。船の場合も中央部分は同じ断面が続く船体平行部と呼ばれる形状となっています。そして平行部の後端から後方にできるだけ剥離を起こさないようにすぼめた形にすると、たくさん積めてかつ抵抗も小さい船体形状が得られます。

 この最適なすぼめ方を求めるには、粘性に基づいて船体表面近くに生成される境界層をいかに制御するかが重要となります。境界層の中では粘性によってエネルギーを失った遅い流れができて、後部に行くにしたがって上昇する圧力に耐えられなくなると境界層は急激に厚くなり、そして最後には剥離してしまいます。

 この他にも船体の周りには様々な渦が発生します。九州大学の種田教授は、船の模型の周りの流れを可視化して、下図のような船首首飾り渦、船尾漲水渦、 船底剥離渦(ビルジ渦)などの縦渦が存在することを指摘していますが1)、これらの渦についても詳細は分かっていません。こうした渦に伴う船の抵抗については、未だ経験と勘、そして模型実験に頼る状態で、CFDの力を活用しなくては解明ができません。




種田教授が描いた船のまわりのTrailing Vortex:
①首飾り渦、②船尾跳躍渦、③船底剥離渦、④プロペラ渦


参考文献 1)種田定俊: 物体まわりの粘性流の観察、日本造船学会粘性抵抗シンポジウム、1973.3





著者プロフィール
池田 良穂 | 1950年 北海道生まれ
1978年 大阪府立大学大学院博士後期課程単位修得退学
1979年 工学博士の学位取得

大阪府立大学工学部船舶工学科助手、講師、助教授を経て、1995年に同学大学院工学研究科海洋システム工学分野教授。リエゾンオフィス長、工学研究科長・工学部長などを歴任し、2015年定年退職。名誉教授の称号が授与されると共に、21世紀科学研究機構の特認教授として研究活動に従事。今治造船寄付講座、最先端船舶技術研究所、観光産業戦略研究所を担当。2018年に大阪府立大学を離れ、大阪経済法科大学で文系の学生向けに、海運、水産、クルーズ、エネルギーに関する授業を担当すると共に、日本クルーズ&フェリー学会の事務局長として活躍している。

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