装置設計者のための騒音の基礎 第20回

ナイキストの標本化定理とフーリエ解析との関係
前回はエクセルを用いてフーリエ解析を行ってみました。その結果、図1に示すように、本来の周波数成分である100、200、300Hzのほかに、724、824、924Hzにもスペクトルが現れることがわかりました。今回は、この理由について説明します。
図1 周波数スペクトル
今回のフーリエ変換の実験では、1秒間で1024個のデータを使っているので、標本化周波数は1024Hzになります。したがって、前回説明した下記のDFT(離散化フーリエ変換)の式では、iが周波数に相当し、0から1023Hzまで1Hzきざみで周波数スペクトルXiが得られます。
では、試しに100HzのスペクトルX100と924HzのスペクトルX924を計算してみます。
となり、X100とX924とは、同じ大きさで複素平面上ではX軸に対して対称であることがわかります。また、512-100=924-512=412と100Hzのスペクトルと924Hzのスペクトルは、標本化周波数1024Hzの1/2すなわち512Hzを中心に対称の位置にあることがわかります。このように厳密さには欠けますが、試しに計算してみることで、DFT(離散化フーリエ変換)の式自体が、第16回「標本化誤差」 で説明したエイリアシング、すなわち「標本化周波数の1/2(以降、ナイキスト周波数と称します)を超える周波数成分がナイキスト周波数以下の周波数領域に現れること」を内在していることがわかります。
しかも、ナイキスト周波数未満の周波数成分は、ナイキスト周波数以上の周波数領域に現れ、エイリアシングはナイキスト周波数よりも高い周波数から低い周波数へのみならず、ナイキスト周波数よりも低い周波数から高い周波数へも生じることがわかります。また、相互の周波数はナイキスト周波数を中心に対称の関係にあり、その位相差は180度の関係にあることがわかります。
確認のため、前回のフーリエ変換のエクセルシートで位相を計算してみます。図2に示すように、E列を追加して、位相の計算式を入力します(ATAN2は複素平面上のX座標とY座標とから位相角を計算するコマンドで、Y座標が0ではエラーとなるため、IF文でY座標が0以外で計算するようにしています)。F列を横軸にE列を縦軸にプロットすると、図3に示すスペクトルの位相成分が得られます。図3を見ると、ナイキスト周波数を超える周波数領域には、位相が反転した成分が現れていることがわかります。
図2 位相の計算式
図3 スペクトルの位相成分
以上のことから、FFT解析で現象を正しくとらえるには、現象の最大周波数の2倍以上の標本化周波数でサンプリングする必要があり、これはナイキストの標本化定理と同じです。さらに、図4に示すように、エイリアシングの影響を除くために、前段にカットオフ周波数がナイキスト周波数以下のローパスフィルタ(アンチエイリアシングフィルタ)を組み合わせます。これにより、ナイキスト周波数よりも高い周波数側から低い周波数側へのエイリアシングはなくなりますが、低い周波数側から高い周波数側へのエイリアシングにより、低い周波数側の成分は実際の値の1/2となります。そこで、ナイキスト周波数を中心に周波数成分を足し合わせるか、低い周波数成分のみを2倍にして表示します。
先のエクセルシートのFFT計算結果を、周波数範囲がナイキスト周波数までとし、成分が2倍とした結果が、図5に示す周波数スペクトルです。図5を見ると、100Hzの振幅は0.1、200Hzの振幅は0.2、300Hzの振幅は0.3と、信号成分の式と同じ振幅となっていることがわかります。
図4 エイリアシングの影響
図5 周波数スペクトル
次回は、信号成分の時間軸と周波数スペクトルの周波数軸との関係について説明します。
【参考文献】 機械音響工学 鈴木ほか コロナ社
著者プロフィール
御法川 学 氏 | 法政大学 理工学部 機械工学科 教授
環境計量士(騒音・振動)
1992年 法政大学大学院 工学研究科 機械工学専攻
1992年 株式会社荏原総合研究所 入社
1999年 法政大学工学部 助手
2001年 東京工業大学にて学位取得、博士(工学)
2004年 法政大学工学部 助教授
2010年 法政大学理工学部 教授
著者プロフィール
伊藤 孝宏 氏 | オリエンタルモーター株式会社 技術支援部主席研究員
1982年 筑波大学基礎工学類卒業。新日本製鉄株式会社に入社、加熱・冷却設備の開発に従事
1988年 オリエンタルモーター株式会社に入社、送風機の羽根・フレームの開発・設計に従事
2008年 法政大学にて学位取得、博士(工学)
2014年1月現在、オリエンタルモーター株式会社 技術支援部主席研究員
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