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船のCFD 5. 船体抵抗の推定(3)-造波抵抗の推定

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船のCFD

5. 船体抵抗の推定(3)-造波抵抗の推定

今回はVOF法を用いて、船体周りの自由表面流れの計算を行います。対象はKCS(Kriso Container Ship)というコンテナ船です。KCSはCFDの検証などのために、韓国の研究機関により設計された船型で、前回対象としたJBCと同じく、貴重なベンチマーク船型のうちの一つです。コンテナ船は、ばら積み船やタンカーよりと比較すると一般に船速が大きいので、これらの船より造波抵抗を考慮した痩せた船型になっています。


計算は水槽試験と同じ条件で行います。模型の船長Lは7.2786m、速度Uは2.196m/s、フルード数Fr=gは重力加速度)は0.26、レイノルズ数Re=UL/ννは水の動粘性係数)は1.26×107です。乱流モデルにはSST k-εモデルを用いました。なお、フルード数Fr=0.26は、船長230mの実船が24ノットで航行するときの値に相当します。


余談ですが、ばら積み船やタンカーの大きさはトン数で表されるのに対し、コンテナ船は長さ20フィート(約6メートル)、幅8フィート、高さ8.5フィートのコンテナを何個積むことが出来るかということで大きさを表現します。20フィートコンテナ1個分を1 TEU(Twenty-foot Equivalent Unit)という単位で表し、8,000TEUのコンテナ船のように使います。今回計算対象とするKCSは3,600TEUのコンテナ船という設定です。一度により多くのコンテナを運ぶほど効率は高くなるので、近年コンテナ船は大型化する傾向にあり、2019年現在で最大級のものは2万TEUに達します。


計算領域を下に示します。船体は左右対称なので、左半分のみを計算します。


コンテナ船まわりの自由表面流れの計算領域
コンテナ船まわりの自由表面流れの計算領域


VOF法による自由表面計算では自由表面付近のメッシュ作成に特別の注意を払う必要があります。VOF関数の値は自由表面に垂直な方向に0から1まで急に変化するため、自由表面形状を正確に求めるためにはこの方向の格子間隔を特に小さくする必要があります。今回の条件では水面の最大の変位は船長の1%程度なので、自由表面に垂直な方向の格子間隔はその10分の1以下にしたいところです。また、自由表面と計算セルの並びの方向が揃っている方が波の計算精度が高くなります。そのため、静止水面の位置に面を定義し、その両側に境界層メッシュを挿入しています。以下にこの計算で用いたメッシュを示します。要素数は約790万、節点数は約250万です。


船体付近のメッシュ
船体付近のメッシュ


ミッドシップ断面のメッシュ、船体と静止水面の両方に対して境界層メッシュが挿入されている
ミッドシップ断面のメッシュ
船体と静止水面の両方に対して境界層メッシュが挿入されている


自由表面を含む流れは、自由表面を含まない流れよりも非線形性が高いので、定常解を求めたい場合であっても、計算の安定性の観点から、平らな水面の初期状態からの時間発展を解く非定常解析が行われる場合が多いです。そのため、自由表面を含まない単相流の計算と比較すると、一般に計算時間は10倍以上掛かります。


時間刻み幅は計算が安定である範囲で出来るだけ大きな値とした方が計算時間は短く出来ます。クーラン数の上限を与えて自動調整するようにするのが良いでしょう。クーラン数の適切な上限値は計算に用いるアルゴリズム、離散化スキーム、メッシュの品質、フルード数、レイノルズ数などの計算条件などによって変わります。いくつかの値を試して、どの程度の値とすべきなのかを確かめる作業を一度は行ってみるべきです。


下の図は自由表面高さの分布を水槽試験による計測値 [1] と比較したものです。船体による造波パターンは全体的によく再現されていると言えます。船体から遠い位置では計算の方が、波が少し小さくなっていますが、船体の近くでは良く一致しています。


船体付近のメッシュ
自由表面高さ(船長で無次元化)の計測結果(文献 [1] )と計算結果の比較


計算の結果得られた全抵抗係数を水槽試験の値(文献 [2] )と比較したものを下に示します。水槽試験では船体はトリムと沈下量が自由な状態で曳航しているのに対し、今回の計算では船体姿勢は固定としたことと、舵を含んでいないので厳密な比較はできないのですが、水槽試験結果に近い値が得られています。


なお、船の全抵抗係数Ctは、抵抗値をR、水の密度をρ、船速をU、浸水表面積をSとして、



と定義されます。

コンテナ船KCSの抵抗係数の計算値と水槽試験結果(文献 [2] )の比較
コンテナ船KCSの抵抗係数の計算値と水槽試験結果(文献 [2] )の比較


参考文献
[1] Kim, W.J., Van, D.H. and Kim, D.H., (2001), Measurement of flows around modern commercial ship models, Exp. in Fluids, Vol. 31, pp 567-578
[2] Van, S. H., Kim, W. J., Yim, G. T., Kim, D. H., Lee, C. J. (1998). Experimental Investigation of the Flow Characteristics Around Practical Hull Forms. Proceedings 3rd Osaka Colloquium on Advanced CFD Applications to Ship Flow and Hull Form Design, Osaka, Japan.





著者プロフィール
川村 隆文 | 1970年 東京生まれ
1993年 東京大学工学部船舶海洋工学科卒業
1995年 東京大学大学院工学系研究科船舶海洋工学専攻修士課程修了
1998年 博士(工学)の学位を取得

デンマーク国際数値流体力学研究所(ICCH)研究員、運輸省船舶技術研究所研究官、東京大学大学院工学系研究科講師、東京大学大学院工学系研究科准教授などを経て2010年から株式会社数値流体力学コンサルティングの代表を勤める。専門は数値流体力学、船舶流体力学、プロペラなどの流体機械、キャビテーションなど。

 

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