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船のCFD 7. プロペラの性能の推定(2)

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船のCFD

7. プロペラの性能の推定(2)

今回はプロペラ単独性能の計算例を紹介します。対象としたのは初代青雲丸のプロペラです。船体と同じように、プロペラでも形状が公開されているものは非常に限られています。この初代青雲丸のプロペラは形状だけでなく、水槽試験結果や実船計測結果も公表されておりベンチマークデータとして貴重な存在です。船体抵抗の計算で登場したJBC (Japan Bulk Carrier) やKCS (Kriso Container Ship) は実物が存在しないベンチマーク専用の船型なのですが、初代青雲丸は旧運輸省航海訓練所(現在は独立行政法人海技教育機構に吸収)の練習船として実際に存在し、船員の養成のために使われていた船です。現在は引退し、青雲丸 (二世) に代替わりしています。造船の技術開発のためにも活躍し、船尾振動・騒音の軽減を目的としたハイスキュープロペラの研究・開発の実船実験を担当して大きな成果をあげるなど、船の研究の世界ではとても有名な船です。今回の計算対象はハイスキュータイプに換装される前の通常型のプロペラです。


初代青雲丸の通常型プロペラ
初代青雲丸の通常型プロペラ[1]


翼数は5、直径は3.6mで、模型プロペラの直径は220.95mmです。今回の計算は水槽で行われた単独性能試験[1]と同じ条件で行います。レイノルズ数 RN_K は2.5×105です。プロペラのレイノルズ数は直径ベースのレイノルズ数 RnD と、プロペラ半径の0.7倍の位置の翼幅ベースのレイノルズ数 RN_K の2通りが使われます。を回転数[1/s]、を直径[m]、ν を水の動粘性係数[m2/s]、C0.7 をプロペラ半径の0.7倍の位置の翼幅[m]、Vをプロペラの前進速度[m/s]として、それぞれのレイノルズ数の定義は、





です。後者はKempfのレイノルズ数とも呼ばれます。


一様流中で作動するプロペラの周りの流れは非定常な流れですが、プロペラに固定した座標系から見ると定常な流れになることを利用して、定常問題として解きます。CFDのソフトウェアによって呼び方は異なる場合がありますが、このような手法はALE (Arbitrary Lagrangian-Eulerian) 法とか、MRF (Moving Reference FrameまたはMultiple Reference Frame) 法と呼ばれます。また、翼周期毎に同じ流れが繰り返すことになるので、周期境界条件を用いて1周期分だけを解くことで計算量を減らすことができます。


計算領域を下に示します。無限に広い空間の中でプロペラが単独で作動する場合を考えています。計算領域は円筒の5分の1で、半径はプロペラ直径の6倍です。図の左側が流入境界、右側が流出境界で、プロペラからそれぞれプロペラ直径の4倍および10倍離れています。


プロペラ単独性能計算の計算領域
プロペラ単独性能計算の計算領域


メッシュの図を下に示します。セル数は約650万、頂点数は約190万です。境界層のメッシュは、第1層高さが直径の2.17×10-6倍、成長率は1.2、層数は40として作成しました。y+の値は約0.1になります。


プロペラと周期境界面のメッシュ
プロペラと周期境界面のメッシュ

プロペラ翼面のメッシュ
プロペラ翼面のメッシュ


プロペラの単独性能は前進係数 を横軸に取り、推力係数 Kとトルク係数KQおよび単独効率 ηをプロットしたプロペラ単独性能曲線によって表されます。前進係数は、



と定義されます。前進係数 は回転数を一定としたときのプロペラの前進速度を表すと覚えれば良いでしょう。推力係数 Kとトルク係数 Kは推力 T [N]とトルク [Nm]を無次元化したもので、定義は以下の通りです。



単独効率 ηo は




となります。


水槽試験結果[1]と計算結果の比較を下に示します。計算は乱流モデルにSST k-ωモデルを用いたときの結果と、k-kl-ωモデルを用いたときの結果を両方示しています。単独効率に注目すると、k-kl-ωモデルの結果は水槽試験結果とほぼ一致しているのに対し、SST k-ωモデルの結果は最大で10%くらい低い値になっています。


プロペラの単独性能試験は船体の抵抗試験と比べてレイノルズ数が低いことと、乱流促進が行われないことから翼面の境界層の大部分が層流状態になります。SST k-ωモデルは標準的な条件で計算を行うと、実際には乱流が十分発達しないような条件の時でも、乱流が完全に発達した状態の解を与えることが知られています。k-kl-ωモデルは層流状態から乱流状態への遷移を扱うことができるので、この計算に適しています。乱流モデルについては以後の別の回で詳しく解説したいと思います。


水槽試験と計算のプロペラ単独性能の比較
水槽試験と計算のプロペラ単独性能の比較


[1] 第183研究部会, 「船尾振動・騒音の低減を目的としたプロペラ及び船尾形状の研究」, 日本造船研究協会報告書, No. 358, 1983





著者プロフィール
川村 隆文 | 1970年 東京生まれ
1993年 東京大学工学部船舶海洋工学科卒業
1995年 東京大学大学院工学系研究科船舶海洋工学専攻修士課程修了
1998年 博士(工学)の学位を取得

デンマーク国際数値流体力学研究所(ICCH)研究員、運輸省船舶技術研究所研究官、東京大学大学院工学系研究科講師、東京大学大学院工学系研究科准教授などを経て2010年から株式会社数値流体力学コンサルティングの代表を勤める。専門は数値流体力学、船舶流体力学、プロペラなどの流体機械、キャビテーションなど。

 

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