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船のCFD 8. 自航要素の推定(1)

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船のCFD

8. 自航要素の推定(1)

自航とは船が自分のプロペラを回して進んでいる状態を意味します。実際の船は全て自航しているわけですが、水槽試験ではプロペラが付いていない船体の模型を曳航して抵抗を計測するので、その状態と区別するために自航という言葉が使われます。自航状態ではプロペラが流れを加速することにより、曳航されている状態と比べて抵抗が増加します。増加率は船体形状に依存しますが、一般に10~20%くらいです。また、プロペラは船尾にあるので、船速よりも遅い流速の中で作動することになります。このような推進性能上の変化のことを自航要素と呼んでいます。

自航要素にはプラスの面とマイナスの面があります。船体の抵抗が大きくなってしまうというのはマイナス要素ですが、プロペラに流入する流れが遅くなるというのはプラスの要素であり、普通の船ではマイナス要素よりプラス要素の方が少し大きくなります。 プロペラに流入する流れが遅くなるのは、船体が前進するときに、周りの水を一緒に引き連れて進むからです。これを伴流と呼びます。プロペラは周りの水を後に向かって押すことで推力を得ているので、伴流中で作動するプロペラは、動く歩道の上を歩いている人のように、より少ない仕事で同じだけの推力を生み出すことができるわけです。これは伴流利得と呼ばれ、船が太っているほど大きくなります。




船の伴流


飛行機のプロペラは前にあるのに、船のプロペラは後にあるのは伴流利得のためであるという説明を良く聞きます。しかし、プロペラの位置には伴流以外に多くの要素が関わっていて、話は単純ではありません。
後にあった方が衝突などで損傷するリスクが小さい上に伴流利得も得られるということが船のプロペラが後にある理由だと言えます。一方、前に大きな主翼、後に小さい尾翼という普通の配置の飛行機では重心位置の関係で重いエンジンが前の方にあった方が良いという事情があります。また、前の方がエンジンの冷却の面からも都合が良いです。さらに、後にプロペラがあると離着陸時に地面にぶつけやすいとか、パイロットの緊急脱出の際に危険であるということもあり、ほとんどの飛行機ではプロペラが前にあります。

ちょっと話が逸れましたが、船の自航要素の話に戻ります。自航要素は船体とプロペラの間の相互干渉を表しているので、実験では船体とプロペラそれぞれの単独の状態での実験と、船体とプロペラを一緒にしたときの実験を両方行い、結果を比べることで求めます。CFDでも同様に、船体とプロペラそれぞれの単独状態の計算と、一緒にした自航状態の計算を行うことで自航要素を求めることができますが、実はこれは簡単なことではありません。

自航状態の計算が難しい最大の理由は船体とプロペラの大きさの違いにあります。第4回で登場したJBC (Japan Bulk Carrier)では、プロペラの直径は船長の2.9%しかありません。CFDでは計算対象の最大と最小の空間スケールの比が大きいほど計算が大変になります。だから、大きな物体周りの流れの計算を行うときは細部の形状は単純化したり、細部の形状周りの流れを調べたいときは、周辺の領域だけを切り出したりというようなことがよく行われます。しかし、自航状態の計算では船体に働く力とプロペラに働く力の大きさは同じオーダーであり、同程度の精度で求める必要があるので、細部の形状を単純化するというようなことはできません。





プロペラは船体と比べると非常に小さい


空間スケールが異なると、現象の時間スケールも異なるということも重要です。長さのスケールと速度のスケールの比から時間のスケールが決まります。船全体の周りの流れでは、代表長さとして船長、代表速度として船速を取ると、船が自分の長さ分だけ進むのに必要な時間という時間のスケールを作ることが出来ます。例えば、定常状態になるまでどれくらい時間が必要かとか、時間刻みはどれくらいにするべきかを考えるときには、この時間のスケールを使って考えることが有効です。プロペラは船体と比較して空間スケールが小さく、速度スケールは同じオーダーなので、時間スケールは小さくなります。そのため、自航状態の計算を素直に行おうとすると、プロペラの時間スケールに合わせた小さい時間刻みで、船体周りの流れが完全に発達するまでの長い時間計算を行うことになり、計算のステップ数が膨大になってしまいます。

空間スケール、速度スケール、時間スケールといった概念を理解することはとても重要です。英語のscaleは大きさに関係する言葉で、物差しとか目盛りという意味もあります。空間スケールとか時間スケールというのは、まさに空間や時間の物差しという意味だと考えると理解しやすいかもしれません。

次回は実際に自航要素をCFD計算で求めた例を紹介します。





著者プロフィール
川村 隆文 | 1970年 東京生まれ
1993年 東京大学工学部船舶海洋工学科卒業
1995年 東京大学大学院工学系研究科船舶海洋工学専攻修士課程修了
1998年 博士(工学)の学位を取得

デンマーク国際数値流体力学研究所(ICCH)研究員、運輸省船舶技術研究所研究官、東京大学大学院工学系研究科講師、東京大学大学院工学系研究科准教授などを経て2010年から株式会社数値流体力学コンサルティングの代表を勤める。専門は数値流体力学、船舶流体力学、プロペラなどの流体機械、キャビテーションなど。

 

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