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パッと知りたい! 人と差がつく乱流と乱流モデル講座 第11回 11.1 バックステップ流れ、11.2 翼周り流れ

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パッと知りたい! 人と差がつく乱流と乱流モデル講座

乱流の計算方法(5) 低レイノルズ数型モデルを用いた計算例

11.1 バックステップ流れ

 前回は RANS の壁条件の1つである対数則を説明しました。 対数則 は「 対数領域 」に メッシュ の第1点を配置し、対数則条件を壁条件に適用することで壁際のメッシュを粗くする手法でした。一方、壁面に凹凸があるなど、対数則が成り立たない領域を精度良く計算するためには、壁の極近く( 粘性底層 緩和層 の中)までメッシュを配置して、壁際の解像度を上げ、 低レイノルズ数型モデル を使用することをお話ししました。今回は具体的な計算例で低レイノルズ数型モデルによる効果を見てみましょう。
 1つ目はいわゆる「バックステップ流れ」と呼ばれる流れ場です。図11.1のように左から 流れ が入ってきて、段差(ステップ)が下流側に存在する流れ場です。解析の条件は、流入速度Uとステップ高さHに基づく レイノルズ数 が46,000というものです。ステップの手前まで流れは壁に沿っていますが、段差のところで流れが壁から離れ(「 剥離 」と言います)、ある距離進んだところで再び流れが壁に沿って流れるようになる「 再付着 」という現象が起きます。段差から再付着する地点までの距離(再付着点距離)に注目する計算です。流れが壁に沿わないステップ後方の領域では対数則条件が成り立っていないと考えられます。


バックステップ流れ
図11.1 バックステップ流れ


 図11.2に標準k-εモデルと、低レイノルズ数型モデルであるAKNモデルとSST k-ωモデルによる計算結果を示します。流れのパターンを見るための「 流線 」を表示しています。再付着地点までの距離に差はありますが、いずれの 乱流モデル によっても、段差のところで流れが剥離して、再付着するという結果が得られています。このケースではステップの存在が流れの剥離位置を決めてしまうため、たとえステップの後方で対数則が成り立たない状況になっていたとしても、乱流モデルによる流れの定性的な差異は生まれないということを示しています。


バックステップ流れの乱流モデルによる比較
図11.2 バックステップ流れの乱流モデルによる比較


11.2 翼周り流れ

 2つ目の計算例は航空機の翼の断面周りのいわゆる「翼周り流れ」です。翼で発生する 揚力 を予測したり、 失速 の可能性を調べたりするための計算です。今回は図11.3のように翼と風の向きの間に約14°の角度が付いている状況を想定しています。航空機の翼の断面は緩やかな曲面で構成されているため、図11.1のバックステップ流れのように剥離が起きる場所を事前に予測することは難しい状況です。このような状況では乱流モデルにより、流れの定性的傾向に差異が出ることが予想されます。


翼周り流れの解析
図11.3 翼周り流れの解析


 図11.4に再び3種類の乱流モデルで計算した流線の結果を示します。この計算例では翼と流れの間に角度が付いているため、翼表面上の後方で剥離が生じることが実測で確認されています。SST k-ωモデルでは、その剥離の様子が確認できますが、標準k-εモデルとAKNモデルでは、剥離が生じていません。同じ低レイノルズ数型モデルでもAKNモデルでは実現象で生じる剥離を予測できないということです。これは剥離を表現するのに、単に壁際を細かいメッシュで分割しても乱流モデルが適切でなければ現象が再現できないということを示しています。AKNモデルは標準k-εモデルを拡張したモデルですが、SST k-ωモデルは、壁近傍でk-ωモデルという剥離予測に優れるモデルを使用しています。そのため、AKNモデルでは予測できなかった翼面上の剥離を予測できたと考えられます。
 計算例で示しましたように、SST k-ωモデルは翼周りにおける「剥離」の予測に優れたモデルです。しかし、他のケースでも高精度かというとそうではない場面もあります。つまり、あらゆる場面で高精度である乱流モデルは存在しないのが現実です。それに対して、メッシュで捉えられる部分はモデルに頼らずに計算することで、それを克服しようとする計算手法があります。 LES(Large Eddy Simulation) です。次回はLESについてお話しします。


翼周り流れの解析
図11.4 翼周り流れの乱流モデルによる比較






著者プロフィール
伊丹 隆夫 | 1973年7月 神奈川県出身
東京工業大学 大学院 理工学研究科卒業
博士(工学)

大学では一貫して乱流の数値計算による研究に従事。 車両メーカーでの設計経験を経た後、大学院博士課程において圧縮性乱流とLES(Large Eddy Simulation)の研究で学位を取得し、現職に至る。 大学での研究経験とメーカーの設計現場においてCAEを活用する立場という2つの経験を生かし、お客様の問題を解決するためのコンサルティングエンジニアとして活動中。

 

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