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パッと知りたい! 人と差がつく乱流と乱流モデル講座 第8回 8.1 RANSの概要、8.2 渦粘性係数、8.3 k-εモデル

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パッと知りたい! 人と差がつく乱流と乱流モデル講座

乱流の計算方法 (2)
レイノルズ平均モデル RANS (Reynolds Averaged Navier-Stokes)

8.1 RANSの概要

 前回の DNS に続いて、今回は RANS についての説明です。
 RANSは最も良く使われる乱流の計算方法です。 乱流 の渦運動は非定常的で、そのサイズは流れ場全体から見ると小さいため、直接計算しようとすると非常に大きなコストがかかります。しかし、製品の設計をする上で、細かな渦運動まで知る必要があることは稀で、ほとんどの場合は空気抵抗などのマクロな量が予測できれば十分です。そこで「時間の平均場」に絞って計算しようとするものがRANSです。RANSの ”Reynolds Averaged” は時間の平均を意味します。時間で平均化すると非定常的な現象である 渦管 はならされて見えなくなります。そのため、時間の平均場であれば粗い メッシュ でも捉えられるであろうと期待されます。もはや渦管ひとつひとつを捉えるような細かいメッシュは必要ありませんので、DNS(直接数値計算)に比べて計算規模を大幅に下げることができます。

 RANSで計算する時間の平均場というもののイメージを考えてみましょう。朝の通勤時間に渋谷の大交差点を渡る人々の動きを想像してください(図8.1)。ビルの上から眺めると個々の人の動きは追えませんが、おおまかに駅前の歩道から反対側の歩道へと大勢の人が歩いていることが分ります。このおおまかな動きが「平均場」です。つまり、RANSでは個々の人の細かい動きや厳密な経路は意識せず、どのくらいの人数がどの方向へ一定時間の間に渡るのだろうかということのみを計算します。しかし、 流れ の性質として、平均場は乱れの影響を受けますので、その影響を加味する必要があります。RANSではそれを「渦粘性」というモデルで反映します。


交差点を渡る人々
図8.1 交差点を渡る人々


8.2 渦粘性係数

 乱流の効果を「渦粘性」でモデル化するという考え方についてみてみましょう。再び交差点を渡る例で考えます。すべての人が同じ 速度 で歩いていれば、人の流れは滞ることなく道路を渡っていけるでしょう。一方、一部の人が走っていたり、ゆっくり歩く人がいたり、お互いに速度差がある状態になるとまっすぐに歩けず、右に行ったり、左に行ったりしながら進むことになり、動きが乱れて「歩きにくい」状態が生まれます(図8.2)。流れの場合も同様で、流れの中の速度差によって流れが乱れ、流れの抵抗が増えた状態となります。この乱れによって流れに作用する抵抗力は「 レイノルズ応力 」と呼ばれます。これは流れ場を時間平均という粗視化をしたときに現れる仮想の力です。第6回のコラムで、本来は分子単位である流体運動を塊で表現したときに現れる粘性力に対して、速度差に比例というモデルが用いられることをお話ししました。レイノルズ応力も、同様に速度差に比例というモデルが用いられるのですが、上の人が歩くときに速度差があると乱れる例でそのイメージをしていただけるのではないかと思います。レイノルズ応力の比例係数は「 渦粘性係数 」と呼ばれます。なお、粘性力の比例係数である 粘性係数 は「物質の種類」に依存する物理量ですが、渦粘性係数は「流れの状態」に依存する物理量です。


速度差による歩行の乱れ
図8.2 速度差による歩行の乱れ


8.3 k-ε モデル

 渦粘性係数は前述のように一定値ではなく、流れの状態に依存して変わる物理量です。渦粘性係数を計算する方法として、最も良く用いられている k-ε モデルについて説明します。k-ε モデルでは、渦粘性係数を 乱流エネルギー k 乱流消失率 ε から次式のように求めます。



 ここで、Cμ はモデル定数、ρは流体の密度です。乱流エネルギーとは流れの乱れの強さで、乱流消失率とは乱れが消えていく速さです。乱れが大きくなれば渦粘性係数が大きくなり、乱れが消えていく速度が速ければ渦粘性係数は小さくなるという式です。渦粘性係数は乱流の渦運動の効果ですから、乱流エネルギーに比例するというのは納得しやすいと思います。一方、ε に逆比例の部分は、寿命の短い(ε が大きい)乱れは流れに与える影響が小さいため、とお考えいただくと良いと思います。寿命が短いのは小さい渦管と言われています。小さい渦管が集まっている場合には、同じ乱れ具合でも流れの抵抗増加に対する寄与が小さいということです。ゴルフボールの表面に小さなくぼみ(ディンプル)を付けて、ボール表面で発生する渦を小さいものにして、ボールの空気抵抗を減らすという話は有名ですが、渦粘性係数の式との関連性がご理解いただけると思います(図8.3)。図8.4はディンプルなしのボールが飛ぶときに発生する渦のアニメーションの例です。
次回はRANSの計算例についてお話しします。


ゴルフボールにできる渦
図8.3 ゴルフボールにできる渦



図8.4 ボールが飛ぶときに発生する渦の例






著者プロフィール
伊丹 隆夫 | 1973年7月 神奈川県出身
東京工業大学 大学院 理工学研究科卒業
博士(工学)

大学では一貫して乱流の数値計算による研究に従事。 車両メーカーでの設計経験を経た後、大学院博士課程において圧縮性乱流とLES(Large Eddy Simulation)の研究で学位を取得し、現職に至る。 大学での研究経験とメーカーの設計現場においてCAEを活用する立場という2つの経験を生かし、お客様の問題を解決するためのコンサルティングエンジニアとして活動中。

 

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